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壱岐タケチトのブログ旅行恋愛記

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□ オーストラリア旅紀行 □

第1章 親父,オーストラリアの世界NO1を見てくるよ

第1章  親父、オーストラリアの世界NO1を見てくるよ!



ケアンズ旅行記  世界一のサンゴ焦 “グレート・バリア・リーフ”
p3.jpg
 旅行日 2004年12月16~19日



オーストラリア旅紀行  目 次
第1章 はじめに~「親父、僕、親父の代わりにオーストラリアの世界NO1を見てくるよ!」
第2章 ~旅の準備~僕の目指すはオーストラリア玄関都市“ケアンズ”!~
第3章 2004年12月16日 ~旅立ち~初めてのオーストラリア大陸へ~
第4章 2004年12月17日 ~グリーン島~
第5章 2004年12月17日 ~世界遺産グレート・バリア・リーフ~
第6章 2004年12月18日 ~もう一つの世界遺産“キュランダ鉄道”~
第7章 2004年12月19日 ~帰国、“さようなら、ケアンズ!”~
第8章 このオーストラリア旅行で買ったお土産のご紹介
第9章 終わりに~この本(ケアンズ旅行記)を書き終えて~




はじめに



皆さんこんにちは!


壱岐タケチトです。

今回、オーストラリア旅紀行を書くことにしました。


久しぶりの投稿になりますが実は今回はこちらのブログは僕が編集しました。

(スイス旅紀行は開設した友人に編集してもらいましたが編集はかなり時間がかかるのでずっと編集してもらうのは申し訳ないので友人に編集を教わり・・・現在も勉強、格闘中です・・・友人はHPを開設して7年近くになるので今回の編集は前回スイスブログ、友人に編集してもらったものと違い、僕が編集したものになりますので多少、見苦しくなるかもしれませんが今後とも壱岐タケチトをどうぞよろしくお願いいたします)


初めてのホームページということで僕はスイス旅行記を書きました。

スイス旅行記は初めての紀行文ということで,最初は友人,知人,会社関係の方々,お仕事関係のお客様の方々,などにメールでHPアドレスをお知らせしました。

(最初なので普通に公開しても誰も見て頂ける人はいないだろうと思い,まずは自分の知っている方々に見てもらおうと思いました)


最初はアクセス数が少なくて心配していましたが,徐々に皆様方に見て頂いて,アクセス数も増えてきました。そして,ご覧頂きました何人かの皆様方からは,投稿にメッセージを頂いたり,僕のメールアドレスに感想を述べてくれたりしました。凄く,うれしく思います。ご覧頂きました皆様には心から感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございます!

スイス旅行記は僕の初めての紀行文となりますが,たぶんあれほど思いを込めた旅行は最初で最後になると思います。

僕の人生の挫折,夢の旅行会社の採用,父の死,など僕の人生の上での波が大きかったので波乱万丈あるスイス旅行記が書けたのだと思います。僕もときどき,読み返してはあのときの気持ちを思い出しております。







“初心を忘れべからず”








僕はホームページ開設の知識は全くないため旅行記は私が書いたものの文のバランス構成やアレンジ,オプションなどはすべて後輩に修正してもらい、ブログも開設していただきました。ここではこの後輩(親友)のことをダルと呼ぶこととさせて頂きます。

ストリートファイターⅡと言う僕の中学時代にはやった格闘ゲームにキャラクターにダルシムというキャラがいて彼の得意な使用キャラだった事から中学時代のあだ名がダルシムであったためこう呼ばせて頂きます)

ダルは今現在ネットで財前ゴウという名前で自身も驚くような素晴らしいホームページを作っていて僕にホームページの開設を勧めてくれました。
スイス旅紀行でも述べましたが財前ゴウがいなければこの旅行記はこうやって存在することはなかったと思います・・・




彼には本当に感謝しています・・・

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口は悪い奴ですが。



スイス旅紀行の次の旅行記は、山が好きで山の良さを伝えたい僕は“エベレストを訪れたネパール紀行を書く予定だった。・・・しかし・・・スイスHPを書き終えて,読み終えて、僕は思った。


”ネパールの旅紀行はスイス、タヒチに次ぐ、僕の最も書きたい旅紀行・・・
しかし、世界のNO1にあこがれたケアンズのグレート・バリア・リーフ、ニューヨークも、僕の中で忘れられない旅の一つだ・・

・・スイスは2001年、ケアンズは2004年、ニューヨークは2005年、ネパールは2006年”、タヒチは2007年か・・

・・古い順なら・・・じゃあ、次は決まりだな・・・



“僕の死ぬまでに必ず訪れたい場所は5つ,スイス旅紀行で述べた。

1、 スイスのアルプス

2、 世界の摩天楼「ニューヨーク」

3、 世界一高い山「エベレスト」

4、 南国の楽園タヒチ「ボラボラ島」

5、 地球最果ての地,南米のパタゴニア氷河「ロス・グラスアス」


なぜ,この5つの場所を選んだか?
(なぜ5つに設定したかはスイス旅紀行を見てください)

その理由は,僕が現在,勤めている旅行会社に入社してすぐに勉強をはじめた“一般旅行業務取扱主任者”(現在の総合旅行業務取扱管理者)の科目,海外旅行実務の1つである“海外観光地理”を勉強していくにつれて(上記の1は旅行会社に入社する前に決定)国を特に行ってみたい国と思った。その中で2と3を選んだ理由は世界でNO1であるということを理由にした。



何がNO1か?



ニューヨーク「世界一の大都市・・・・(世界の摩天楼)」

エベレスト「世界一高い山」


この世界一“NO1”という言葉に僕は憧れを持っていた。
タヒチと南米のパタゴニアは海外地理でこんなところもあるのかと興味を持って図書館でタヒチの美しい海の写真,パタゴニアの美しい氷河を見たのがきっかけだった。
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ニューヨークは2005年に行ったがその前の年の2004年にオーストラリアに行ってきた。オーストラリア旅行を選択した真の僕の目的はエアーズロックでもブルーマウンテンズでもなかった。





【スイスを羽根にして世界の素晴らしさを伝えること】
スイス旅行ほど旅行計画に力を注いだことはなかった。何しろ1年以上の計画であったからだ。僕はスイスに言った当時,スイスほど良い場所はないと考えていた。

しかし,世界は広い!

スイス以外にもすばらしい場所は世界中に広がっている。

僕は現在,旅行会社で働いている。入社して約1年半後,父は亡くなった。
(この経緯についてはスイス旅行記に詳しく述べている。こちらを見ていない方はぜひこちらから読んでください)

父が亡くなったのは2004年の6月21日だった。僕が旅行会社に入社して本格的に営業に回りだしてからのことだった。入社しての営業に対する様々な悩みがちょうど生まれ始めたころだった。




【天国の父からの忘れ形見】
「タケチト,お父さんとお母さんが使うべきものだったけどあんたがこれを使って今の仕事に生かして。お父さんもタケチトが使うことを天国から望んでいると思うから・・・」

母がくれたのは大手旅行会社“近畿日本ツーリスト”の旅行券・・・
旅行券の総金額は10万円だった。

「ありがとう,じゃあ親父と一緒に旅行するつもりでこの旅行券でどこかまた海外旅行に行かせてもらうよ」

僕はその旅行券を母から受け取った。

母も自分が使うよりも僕が使って今の仕事に役立ててほしいと言う願いを込めて僕にその旅行券をくれた。


“これは会社から親父へのプレゼントだった旅行券だ・・・決して無駄に使わず勉強に使おう・・・”



旅行会社に入社していた僕は先を急いでいた。それは一人でがむしゃらに自分の道を見つけようとしていた。


“早くもっとももっと世界中を見たい・・・
世界のあらゆる観光地をこの目で見たい・・・”


スイスに行って旅行会社に入社した僕は自分の勉強(仕事に対する向上心)と自分の娯楽(趣味・楽しみ)を比較すればどちらが上に立つかわからないぐらい先を急ごうとしていた。


ニューヨーク,エベレスト,世界一をこの目で早く見たい・・・

金銭的にも時間的にも大きな海外旅行に行くのは年に一度ぐらいしかチャンスがない・・・

2004年の当時,僕に恋人はいなかったがとにかくお金は貯められるうちに貯めとこうと思っていた。




“いつ自分に将来を考える人が現れても良いように・・・”





こういう思いがあるために年に2回も3回も海外旅行には行かなかった。
僕はやはり自分の好きな海外旅行のことも考えながら,もし,次に自分に恋人ができたなら・・・結婚しようと考えていた。2004年僕は25歳になっていた。僕は高校の時から25歳までには結婚したいと思っていたが2004年で25歳,(2004年の秋で26歳になる)

しかし相手がいない・・・


当分先,もしかしてこのままずっと結婚できないかもしれないと思っていたが



“絶対に結婚する”


という人生の夢はあきらめずに持っていた。結婚をして,亡くなった父と母の仲がよかった家庭を早く築きたいと思っていた。こう思うようになったのは僕の両親が本当に仲が良かったのでその光景をずっと見ていてこのように考えたのだろう・・・・・。
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【旅の意味】

人はなぜ旅に出るのか?
いろいろな答えがあると思う。
一般的な答えは次のとおりではないだろうか?
「その場所に(興味があるので)行って見たいと思った。」
「その場所の○○○を食べたかった(グルメツアー)」
「○○が好きだから連れて行きたい」*子供をディズニーランドへ連れて行くなど

ETC・・・


単純な答えだ。もちろん,そのとおりであると思う。

では,旅の意味というのは以下のような答えだと思う。

「日常生活の逸脱」

僕たちは日頃はなにげない生活を送っている。しかし,この日常生活から逃れたい・・・こういう気持ちはみんなあると思う。

“旅は僕たちを普段の日常生活から逸脱した未知の世界へと導いてくれるものだと思う”

旅とは何も海外旅行,など遠くに行くことだけがすばらしいことではない。日本国内にもすばらしいところはたくさんある。僕たちのすんでいる県内(都内)にもすばらしいところはたくさんある。

(最近は地元の徳島県,そして隣の香川県を妻と2歳の息子を連れて旅行する。徳島は阿波踊り,鳴門の渦潮などが全国では名はあるかもしれないが他にもさまざまな見所はある。僕は最近,それをどんどん見つけようとしている。香川県はさぬきうどんの店が数え切れないぐらいある。香川県にうどんを食べに行き,新しい店をどんどん見つけて行くのも楽しみの一つである)

近くてもいい!きっと皆様の県内(都内)にも気づかないだけでいいところはたくさんあるはず。僕が旅の意味で大切に思うことは“日常生活の逸脱”これがあるから勉強に,仕事に頑張れる。
(旅好きでない方なら自分の大好きな趣味でいいです!)

大切なことは“楽しみがあるから,人は生きていける”ということ。

人生辛いだけでは“生きる意味”を問う。





【世界最大のサンゴ礁群“グレート・バリア・リーフ”】
“グレート・バリア・リーフ”・・・皆さんはこの言葉を耳にしたことがあるだろうか?
オーストラリアの代表的な観光地,いや,世界的にも代表される観光地といっても過言ではない。

“グレート・バリア・リーフ”とは2500以上のサンゴ礁が約2000kmにも続く世界最大のサンゴ礁の海で、約400種のサンゴが生息する。世界自然遺産にも登録されている世界的にも有名な観光地である。

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*世界自然遺産、オーストラリアの“グレート・バリア・リーフ”の蒼い海

サンゴが長い年月をかけて作り出してきたサンゴ礁は、サンゴが長い年月をかけてつくりだしてきたサンゴ礁は、海底に複雑な地形をもたらした。光合成を行う藻類と共生するサンゴは、海の食物連鎖の基礎となる。
そのため、サンゴ礁には多彩な生物が住み、「海の熱帯雨林」ともよばれている。
 グレート・バリア・リーフはまさに生物の宝庫で、約1500種の魚類、約4000種の軟体動物、約350種の棘皮(きょくひ)動物、そして、ジュゴン、ザトウクジラ、ミンククジラ、シャチ、ハンドウイルカなどの海生哺乳類や、アオウミガメ、アカウミガメなどのウミガメ類の姿を見ることができる。
 
“世界NO1のものはできるだけ死ぬまでに見ておきたい・・・”

僕が生まれてきた星である「地球」のことをもっともっと知って行きたい・・・そう僕は思っていた。

“地球というこの大きな星の素顔を見たい・・・”

 “グレート・バリア・リーフ”という存在を僕は旅行会社に入社し、海外地理を勉強して知ったのだった。





【親父、僕、親父の代わりにオーストラリアの世界NO1を見てくるよ!】
親父の忘れ形見である10万円の旅行券は無駄には使いたくなかった。
そこでやはり僕は海外旅行を考えた。
“ニューヨーク”、“ネパールのヒマラヤ山脈(エベレスト)”、“カナダのオーロラ”、そして“グレート・バリア・リーフ”の4つがこの時の僕の行き先候補に浮かんだ
(2004年の夏である)
 営業マンの僕にとって、秋の10月・11月が一年で最も忙しい時期である。
そこで今回の海外旅行は12月に旅行に行くのが望ましいと考えた。

(本格的に営業に廻りだしたのがこの2004年の夏からである。親父が亡くなって約2ヵ月後、会社より本格的な営業廻りをするような辞令を頂き、N営業所の配属となった。)

 あとは行き先・・・・候補でかなり迷ったが12月に行くにはニューヨークやカナダは寒いかな・・・ネパールは若いうちでなくても行けるだろう(精神的な年齢を考えても)

・・・そういえばオーストラリア大陸は気候が逆になる・・・地球の中心を走る赤道の南半球は真夏が真冬で真冬が真夏であり日本の四季とは正反対になっているということを思い出した。

“ちょうどいい・・・僕が考えている12月ではオーストラリアは夏だ・・・よし、行き先はオーストラリア、ケアンズのグレート・バリア・リーフにしよう・・・”

2004年の11月で僕は26歳になる。
いつまでも遊んでいられる年齢ではない。
親父が亡くなったあと、壱岐家を支えていくのは僕だけだ・・・仕事の営業も本格的な配属が決まった・・

・・これからは今まで以上に頑張っていかないといけない・・

僕はそう感じていた。

親父、親父は僕が今の会社の決まったとき、

「お前が営業をするとは思わなかった・・・でもお前は他の人やお父さんに持っていない、何か光るものがある・・・それは他の人がどんなに努力しても絶対に手に入られないものだ・・・お前ならいける!」


こうを言ってくれた・・・

しかし、正直僕にできるかどうかはわからない・・・本格的な営業になったけど・・・でも・・・僕は最後までこの仕事を頑張ろうと思う・・・二度と仕事に負けないように・・・自分の夢であった旅行会社の仕事を誇れるように・・・親父のような大きい男になれるように・・・そして、いつか必ず親父を抜ける男になれるように・・・“


2004年の秋、26歳になった僕はトップシーズンである本格的営業の始めての年を経験した。まだ営業1年目ということで、種まきといったところだが自分なりには満足したシーズンだった。頑張った自分のごほうびは来月12月のオーストラリア旅行。






そして・・・







12月16日の出発日を迎えた。



12月の旅行出発の朝、僕は母に「行ってきます」を告げた。


「気をつけて行ってくるのよ!」


母は旅立つ僕に声を掛けてくれた。


このとき、(当時)家に住んでいる家族は僕と母の2人だけだった。

しかし今は目に見えなくても僕と母には今でも心の目で見えることができる家族がもう一人いる。




忘れてはいけない・・・

この人が“生きた”という事実を・・・

僕たち家族を、ずっと守って生きてきてくれたという事実を・・・

僕たちは、決して、忘れてはいけない・・・




仏壇で僕は言った。













親父、












僕、












親父の代わりに、










オーストラリアの世界NO1を、











見てくるよ!















http://www.youtube.com/watch?v=2xZviCvTLbs

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Date:2010/07/22
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