壱岐タケチトのブログ旅行恋愛記

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第6章 最初で最後の町チューリヒ~帰国~

第6章 2001年3月18日 最初で最後だった町チューリヒの観光~帰国~



湖畔の町“フィッツナウ”~ルチェルンへの湖船旅~

ルチェルンに向かって湖船が出発した。船が出発すると波がゆらめく。決して天気は良くなかったが湖はすごくきれかった。10:52発で11:42着だから約50分の船旅だ。 後ろにフィッツナウが遠ざかる

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フィッツナウを背景に・・・


船の中は豪華なレストランがあった。あまりに豪華でびっくり・・・カップルなどのディナーに来たらいいなあと思った。僕は外に出て写真を撮ろうとしたら日本人らしき僕より少し年上ぐらいの男の人がいたので話しかけたら韓国に方だった。(少しぽっちゃりしていてメガネをかけていた)かなり雑談した。彼は32歳で一人旅をしている。

証券会社で働いているらしい。先にはイタリアとドイツに行ってきてからスイスに入ったそうだ。仕事の出張と旅行を兼ねているみたいだから羨ましい・・・・。今日の16:00にユングフラウヨッホへ向かうらしい。乗船時間,ずっと彼と話してかなり親しくなったのでリギ山で買ったお菓子と絵葉書を1枚プレゼントした。彼は写真を撮ってくれた。彼とはルチェルンの港で別れた。



韓国人の彼が船の上から撮ってくれたりした。人類皆兄弟。


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リギ・ピラトゥス山の麓・旧市街が残る美しい町“ルチェルン”

僕はルチェルンの港からまずはカペル橋に向かった。もう港からは歩いてすぐだ。このルチェルンという町はカペル橋というヨーロッパ一古い木造橋がある。本来は午前中にルチェルンを観光してからリギに向かい,最後にジュネーブを観光してチューリヒへ戻る予定だったが先にリギを観光してルチェルンを後で観光,そしてジュネーブへ行くことにした。ジュネーブはスイスの最西南でほとんどフランスに接する位置なので距離がある。僕はジュネーブ行きの次の列車時間を調べた。以下の通りだ。



ルチェルン12:57発=========ジュネーブ16:20着(約3時間半)


これでもジュネーブ到着は遅いほうだが,現在11:42分なので12:57分に乗ってもルチェルンは1時間少ししか観光できない。僕はルチェルンの有名な観光場所を2つに絞っていた。




①「カペル橋」・・・・・ルチェルンのシンボルともいえる美しい屋根付き橋。1333年に完成し,木造ではヨーロッパ最古だったが1993年にその大半を焼失。北部が一部焼け残り,翌年に再建された。屋根の梁には,スイスの歴史的な出来事やルチェルンの守護聖人が描かれた三角形の板絵が飾られている。17世紀にも書かれたオリジナルのものも10枚ほど残っている。途中にある8角形の塔は水道塔で1300年ごろに城壁の一部として造られ,一時期は牢獄や拷問室に使われたこともある。


②「ライオン記念碑」・・・・・フランスと派兵契約もあったスイスは16世紀後半から各国に兵隊を派遣し始める。やがて派兵を抑え,中立国としての立場を確立していた矢先の1792年,フランス革命のためパリのチュイルリー宮殿で,ルイ16世とマリー・アントワネット王妃を警護していたスイス人傭兵786人が全滅してしまった。この「ルチェルンの死に瀕したライオン」の記念碑は勇敢に戦った彼らを讃えたモニュメント。天然の岩に刻み込んだもので,作家マーク・トウェインは,「世界で最も悲惨で心を打たれる岩塊」と記している。
僕はこの2つだけは最低見ようと考えてルチェルンを急いで駆け巡った。






*写真はルチェルン駅。ヨーロッパらしいとも言えるこの駅の時計はもう11:45分。あと1時間!

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*ルチェルンのシンボルであるカペル橋。

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*木造はヨーロッパ最古(半分以上は火災で焼失のため一部以外は修復している)

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カペル橋はあまりにも有名で多くの観光客が訪れるという。修復しているというが十分魅力と風格のある木造造りだ。僕は橋を歩いていたら橋の真ん中に店があった。すごくおしゃれで民芸品やかわいい人形などを売っている。僕はこのおしゃれな店に入りにわとりのキーホルダー,絵葉書とルチェルンのキーホルダーを買った。(これから行くライオンが裏に載っている)ここの店のおばさんは凄く優しかったのを覚えている・・・。
 


橋を渡ると旧市街。僕は橋を渡ってライオンの碑を目指した。地図通り行くが見当たらない。僕は走って走った,この辺りのはずだが・・。母と男の子が通ったので聞いた。「ライオンはこの道をまっすぐ行って右よ!」「センキュー!」少し暗い狭い道を抜けると急に辺り一面に真っ白な壁が現れた・・・・・・!(これは・・・・凄いなあ・・・・・・)


見事なライオンの記念碑が目の前に現れた。こんもりと木立ちの中にライオンが横たわっている。ルチェルンで1番の見所といわれるこのライオンの記念碑はデンマークの彫刻家トルバルセンによるものである。1792年8月10日,パリのチュイルリー王宮でルイ16世一家を身を持って守ろうとして全滅した786人のスイスの傭兵を記念にして作られたものである。苦しげな表情で横たわるライオンの傍らには,折れた槍と十字のマークの入った盾が見られる。像の前は小さな池になっていて夏の音楽祭の時には水上に舞台が設けられ,夜間演奏会など開かれる。

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それにしても見事なライオンだった。ライオンの横に一人のアジア風の女性がいたので写真を写してもらおうと尋ねたら日本人だった。彼女もスイスに一人旅で来ているらしく,先日ユングフラウを見てきたらしい。スイスには結構一人旅の人が多いなあ・・・と思った。彼女にお礼を言って僕は先を急いだ。

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僕が大通りに出たらなにやらたくさんの屋台があり,そこには野菜を売っていた。日本では見たことがないような野菜もあった。このあたりは最も繁華街らしく旧市街の建物も美しい。僕は歩いているとピアノの置物があるので惹かれてその店に入ったらCD屋だった。何の曲かもわからないのですぐに出た。


 ルチェルンはヨーロッパ風で凄くにぎやかな町だ。凄く気に入った。僕は名残惜しかったが,12:57分のジュネーブ行きの列車に間もなく乗らないといけないのでレストランにでも入って昼食を取ろうと思ったがあまり時間がなかったので駅で何かパンでも買おうとした。僕はルチェルン駅に向かった。僕は駅で買い物をしようとした。すると,高校生らしい日本で言うコギャル風の女の子3人にからまれた・・・・・一人は真っ赤な髪の毛,もう一人は金髪,もう一人は茶色い髪の毛をして3人ともピアスをしていた。

金髪の子はほっぺたに何やら落書きをしており,その子が一番喋っていた。日本人が珍しいのか最初,ケーキか何かをおごらせられるのかと思ったが何やらそんな風でもなさそうだ・・・・写真つきの名札をぶら下げて見せられた。意味不明であったが,突然阿波踊りの格好をして3人が「ホーローリーホー!」と言いながら踊りだし,「go!」と広場を指差され,連れて行かれそうになったのでジュネーブに行かないといけないことを告げたら残念そうに去っていった。(阿波踊りを踊っていたのでもしかしたら日本人から阿波踊りを教えてもらいたかったのかもしれないな・・・)と思ったが時間がないので駅でサッと食事物を買った。
 

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からし付の肉まんと左はカレーついた大きなウインナー。右はナッツクリームの入ったパン。このパンはすごく独特で変わった味がした。(買った店の親父凄く無愛想だった)ウインナーは注文してから焼いてくれた。間もなく12:57分。僕は急いで列車に乗った。ルチェルンを最後に僕はジュネーブへ向かった。


“ルチェルン”~ジュネーブへの3時間半の列車旅

僕はジュネーブ行きの列車に乗った。
 ルチェルン12:57発=========ジュネーブ16:20着(約3時間半)


スイスもいよいよ明日で去ることになる。今日のこのジュネーブの町の観光はメイン観光では最後になる。列車は3時間半とかなり長いが僕は無事にほかの観光地は見ることができたので満足してゆっくりと列車でくつろいでいた。すると・・・・・列車は凄くにぎやかになった・・・・何かパレードをする人が現れた。

ピエロの格好をした人,トラの頭をかぶった人,女装した人など太鼓をたたきまくり,笛を吹きまくり,ラッパも吹きまくり,うるさすぎるぐらいにぎやかだった・・・サーカスの人たちではないと思うがスイスではこのような公共の列車の中でもこのようなパレードもあるのか・・・・と驚いた・・・僕はじっと静かに座っていた。乗客に人なども一緒になって踊っていて後ろはあいかわらずにぎやかだった。するとカーニバルの男の人が一人話しかけてきた。金髪の小太りの人でかなり酔っていた。いろいろ雑談して親しくなったのでお菓子をあげた。すると大勢のカーニバルの人が僕のところにやってきてトランペットなど吹いてくれて一緒に写真を撮ってくれた。みんなかなり酔っているのですごくにぎやかだった・・・





陽気な優しいピエロの人。話がはずんだのでお菓子を上げた。
彼らはジュネーブまでは行かず途中の駅で降りた。降りるとき「こにちわー」と叫ぶ。嵐が過ぎたようだった。スイスで最も憧れていた町“ジュネーブ”

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外は雨がずっと降っていた。もうそろそろ終点ジュネーブだ・・・僕は最初,ジュネーブをスイスの首都と思っていた。皆さんにとってもジュネーブという町の名はかなり聞く名前だと思う・・・国連ヨーロッパ本部,国際赤十字委員会をはじめとする国際機関が集結している,世界各国からの観光客が集まる,噴水がシンボルのこの町を僕はずっと憧れていた。そう思っていたら16:20。終点ジュネーブへ着いた。駅は予想通りかなり大きくて人も多い。

「ジュネーブはスイスではない」とも言われるこのまちはほとんどフランスとの国境に近くフランス領になるといっても過言ではない。

僕は特にこの町のどこに行こうとは決めてなかったがとにかくジュネーブの町並みを歩きたかった。しかし,噴水を見る,花時計を見る,そしてスイスでは時計が有名と言われるのでジュネーブで一つ腕時計を買おうと思っていた。時刻表を見たら,


ジュネーブ19:29発=========チューリヒ22:26着
ジュネーブ20:29発=========チューリヒ23:34着
ジュネーブ21:29発=========チューリヒ0:36着(最終)


僕はスイス最後の晩になるのでたっぷりとジュネーブを滞在しようと思った。現在16:30分なので最終までいれば5時間はいられる。しかし,夜遅くもあり店も閉まるだろう,そして最終の場合,もし列車に乗り遅れたり,列車の事故等で帰れなくなったら困るので(チューリヒまでは3時間半もかかるからかなりの距離なので)一つ前の20:29発の列車に乗ることにした。約4時間ある。たっぷりジュネーブを歩こう!

僕は小さい頃絵本でスイスの噴水と花時計の好きな写真があったのを覚えている。もうその絵本はなく,なんという絵本か忘れたが,小さい頃その写真が凄く好きでここに行きたいと思っていた。小さい頃好きだった景色というのは大人になっても好きという・・・そして何かその風景にすごく懐かしさを感じていた。言葉ではうまく表現できないが僕にとってスイスの花時計と噴水は小さい頃のインパクトが強かった。


僕はジュネーブ駅を出てガイドブックに書いてある噴水の場所を目指した。


天気が悪かったので写真はそんなによくないがこれがジュネーブスイスの噴水。水が見事に吹き出ているこの町のシンボルだ。噴水の水は途絶えることなく常時吹き出ている。思ったより近くで見ると大きいなあ・・


こちらは何やら有名な方の石碑か?

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噴水から歩くと僕花時計を目指した。花時計到着!こちらは思っていたよりあっけなかった・・・周りは何か工事しているような雰囲気で臨場感が薄れた・・・小さいときに絵本で見た花時計とはイメージが全然違ったので残念・・・。(ここでスイス人らしき男性が「オー,ニーハオー!」と話しかけてきた・・・僕は日本人と答えた・・・スイスに来てこれで中国人と思われたのは3回目だ・・・それだけ中国人に見えるのだろうか)歩くとスイスの民芸品店発見!少し買物。少し歩くと大きな広場に出る


路面電車もあるようだ。


メリーゴーランドがある。ジュネーブの人は話しかけても英語が通じない人が多かった。発音からしてフランス語っぽい。

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カフェレストラン店。僕は坂を歩いていたらカフェレストラン店を見つけた。疲れも出ていたのでちょうど休憩に良いかと思いこの店に入った。入るとエレガントで美人な細高い色白で茶髪のフランス人風(ジュネーブはフランス人っぽい人が多い)のモデルさんみたいな店員の人が

「ハロー!ユア ウェルカム!」

と招いてくれた。僕はメニュー表をもらったが何か全くわからないので「カフェ!」と言った。

するとしばらくしたらおいしそうなカフェが出てきた。カフェにはチョコが一つついていた。すごくおしゃれな店で周りには若いカップルや女性が多い。みんな色白の茶髪で鼻が高い。言葉も英語ではなくフランス語のような発音の言葉に聞こえた。ゆっくり体を温めて僕はこの店を出た。(カフェはかなり苦かった)

カフェ店で休んだが僕はかなり疲れている・・・スイスでのハードなスケジュールと時差とが3日目に疲れが僕を襲ってきている。僕はジュネーブの見所であるジュネーブ大学敷地内の“宗教改革記念碑”の4人の大きな壁像を見るためにジュネーブ大学を目指した。しかしなかなか場所がわからない。ジュネーブ大学はどこにあるか公園のカップルや通りがかりのおじさんに尋ねたがすべてフランス語。何とかジェスチャーで方向を指差してもらい,何人かに聞いてやっとたどり着いた。坂を下ったところにジュネーブ大学を見つけた。




途中でジュネーブの町並みを背景に1枚。雨がふってびしょびしょ・・・

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ジュネーブ大学敷地内。なんと大きなチェスが!



大学の広い構内の道。平日はこの道はたくさんの学生であふれるのだろう・・僕も今月大学を卒業した・・
芝生内になにやら大学の学長らしき石碑があった。

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この石碑を見るために苦労してここまでやってきた。これはジュネーブ大学の敷地内にある。この石碑について以下に解説する。“宗教改革記念碑”・・・・・宗教改革の中心人物たちを記念して造られた長さ約100mの大きな壁像。中央に並ぶ4人の像は,左からファレル,カルヴァン,ベーズ,ノックス。その両脇には宗教改革運動の普及に貢献した人々の名と,普及にまつわるエピソードを書いたレリーフがある。カルヴァン生誕400年にあたる1909年から1917年にかけて造られた。ジュネーブ大学の敷地内にある。(ジュネーブ大学は敷地も校舎もかなり大きくて広い・・・かなり偏差値レベルも高いのだろうなあ・・・)

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大学を出た僕はメインストリートである“モン・ブラン通り”を目指した。“モン・ブラン通り”は広い通りに高級時計店やチョコレート専門店,お土産物屋が並んでいる。僕は時計店で一つスイス腕時計を買った。
ジュネーブのモン・ブラン通りで買った思い出のスイス純製腕時計



CHARMEXというブランド。

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青色が好きな僕。スイス旅の記念として保管しているため全く使用していない。“MEDE IN SWISS”と書かれている。160SF(約10,600円)

あと最後にこの“モン・ブラン通り”で親戚やいとこ,大学や地元の友人,家族のお土産をまとめて買った。多くはキーホルダーやタバコ,絵葉書,そしてチョコレートを買った。スイスの腕時計も買って,カルヴァンの壁像を,花時計を,噴水を見て,ジュネーブのカフェ店も味わったのでもうジュネーブに悔いはない・・・僕は駅に向かった。気がつくと約3時間が過ぎていた。現在間もなく19:30。


ジュネーブ20:29発=========チューリッヒ23:34着


あと1時間しかない!僕は急いで駅に走った。駅は凄く人が多い。駅で夕食を食べてからチューリヒへ帰ろう・・・スイス滞在中は洋食ばかりだったのでアジア食を全く口にしていなくアジア食に恋しくなった僕は“アジア食専門店”というのが駅内にあったのでそこに入ることにした。取り放題になってもっていったら27SFした。水とワインも買った。

*料理の写真。あとで気づいたのだがフラッシュをたいていなかったらこのように真っ暗になった・・・

あまり時間がないので急いで食べて僕はレストランを出た。駅に20:10分ぐらいに到着。20:29発までまだ少し時間があるので食後に売店でチョコレートを買った。ホワイト,バニラとレーズンのチョコ。(スイスはチョコレートが名産品なのでいたるところに売っている)ホワイトはすごく甘かった・・・


 ジュネーブの印象はとにかく英語ではなくフランス語がほとんど。そして背高いやせスリムの美人女性がとても多かった。この旅で最も楽しみにしていたジュネーブを後にして僕は,20:29分の列車に乗った・・。
 僕は窓を眺めていた・・・(明日ついに日本に帰るのか・・・)凄くさみしい気分になってきた。(またいつかスイスに来たいな・・・)疲れきっていた僕はそんなことを思いながらうとうと・・・・・・・・・・・・


(はっ)僕が目覚めたら時計は23:36分!23:34着予定なので慌てて周りを見たらチューリヒ駅だった。僕はずっと寝てしまっていたらしい・・・3月15日から初めて到着したチューリヒ駅は馴染みが出ていた。部屋に帰った僕はビールを1本飲み,タバコを1本吸った。明日帰るので荷造りもすませた。3日間泊まったホテル“モンタナ”も今晩最後だ。僕はスイス最後の夜を迎えて眠りについた。


朝,6:30に僕は目覚めた。顔を洗い下に行く。今日は7:00より朝食らしい。僕は再び部屋に戻り着替えて最後の荷造りを済ました。荷物はかなり重くなった。テレビをつけたら“アルプスの少女ハイジ”をやっていた(もちろん英語で)そして7:00過ぎに降りていった。最後の朝食を食べた。3日間お世話になった金髪のお姉ちゃん。空港には何かあるといけないので2時間前に着こうと思っている。チューリヒ駅からは約10分で空港へは着けるのだが飛行機に遅れたら大変だ。飛行機の時間は以下の通りである。

3/18日 チューリヒ14:50発――――――――――――――3/19日 関西空港9:20着
 

僕は12:00頃にチューリヒ駅の列車に乗ろうと思っていた。今は7:30頃。これから11:30ぐらいまで4時間あるので最後,この最初に到着してから最後の日の今日までほぼ全く観光していないこのチューリッヒを観光することにした。これが本当に本当に最後のスイスの観光になる・・・・僕は11:30まで歩きたいのだが荷物が重すぎてじゃまになるので金髪のお姉さんに

「WALKING!11:00まで。バッグOK?」

「OK!」鍵も預かってくれた。ホテル代は1番最初に3日分のチケットを渡しているので問題はなかったから。

「センキュー!」

僕はお礼を言って荷物は全てフロントに戻る時間を伝えて外に出て行った。チューリヒ中央駅を1枚。この駅からこの旅の全てが始まった。このチューリヒ駅には感謝したい・・・(スイスのすばらしい絶景に連れて行ってくれてありがとう・・・・)



*チューリヒ中央駅

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スイス最終日にチューリヒの町並みを見渡した。歩いていたら天気が凄くよくて朝日が気持ちいい!風がかすかに暖かい。(もうすぐ春になるな・・・)僕はひたすら町並みを歩いた。湖が凄くきれい・・・太陽が水面を照らし上げている・・・・1年間計画してすべて旅程を無事終えてチューリヒを歩く僕は達成感があふれてすがすがしい気持ちでいっぱいだった・・・。

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湖の畔に聖ペーター教会が見える。見渡すリマト川。丘の上の緑。朝日がまぶしく新緑を照らし続けている。鮮やかな緑が美しい・・・。丘の上から眺めた聖ペーター教会。朝日がまぶしい。丘の上は朝が早いせいか誰も人はいない。丘から眺める町並み。チューリヒの町はこのリマト川が流れている。坂道の商店街。朝が早いので店は閉まっている。

チューリヒ湖の景観。美しい水面に鳥の群れが見える。リマト川にも鳥の群れが・・・天気が良いので川も美しい。



“聖ペーター教会”・・・・リマト川とともにチューリヒの町のシンボル。ヨーロッパ最大の時計がある。チューリヒで最も古い教会で857年の文献にすでにその名前を確認することができた。この教会を有名にしたのは1534年に建てられた時計塔。時計の文字盤は直径8.7mもあり,時針3m,分針4mとヨーロッパ最大である。この教会の塔は1911年まで火の見やぐらとして使用され,火事番が住んでいた。




チューリヒ湖と聖ペーター教会のシンボルの風景。チューリヒ湖に一羽の白鳥が・・・。雄なのか雌なのかわからないがたった一羽で湖を泳いでいた。何やら寂しそうにも見える。徳島に帰った後に広島での大学の仲の良かった友人10人ぐらいにスイスの写真を送った。“広島を去った僕が一人で卒業旅行にスイスにいった形跡の写真を友人に見せたかった”写真を送った一人の子がこう言ってくれた。


「アルプスの写真も全て含めてこの写真が一番好き!なにかすごくいい!」


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僕はチューリヒ最後の町並みを早朝の朝日に照らされながら歩いた。聖ペーター教会もお店も閉まっていたが静かで気持ちが落ち着く・・・チューリヒの町はリマト川沿いにヴァイン広場,市庁舎,教会が広がる。そしてリマト川の河川は南のチューリヒ湖へ流れている。チューリヒの町並み概念図




僕はチューリッヒ中央駅よりこのリマト川沿いを南へ歩きチューリッヒ湖を目指した。

2011年3月18日 帰国日 朝の最後の散歩
今回のスイス旅行で達成したかった目的(一つだけ達成していない“チーズ・フォンデ”)
今回のスイス旅行での目的は以下である。
①世界一美しい村グリンデルワルト滞在
②“トップ・オブ・ヨーロッパ”ユングフラウヨッホの観光
③リギ山観光
④チューリヒ・ベルン・ルチェルン・ジュネーブの四都市の観光
⑤スイスのチョコレートを食べる(買って帰る)
⑥スイス時計を買う(*腕時計を買った)
⑦スイス西部ヴァリスの名料理チーズ・フォンデを食べる!
他にも様々あったが上記の7つが必須目的です。読者の方もお気づきですか?スイス最も有名な“チーズ・フォンデ”の写真がこれまでになかったでしょう?下の二つはガイドブックで絶対食べようとチェックしていた。
下記2部画像 《地球の歩き方 スイス2001年~2002年度版》より




レシュティはベルンで食べた。チーズフォンデはまだ!散歩を終えて時計の時間は9:00。僕はチーズ・フォンデだけは食べなければ日本に帰れないとチューリヒ駅の方へ再び引き返した。駅の下は地下道になっておりたくさんの店があったのをチェックしていた。


僕は今回スイス旅行に旅行代以外でお小遣い“9万5千円”を持ってきていた。(空港で1344SFへ変換)
残り450SFほど残っていたので使い切ろうと思った。(ユウグフラウの切符,買い物,食事など使った残り)
 

日本へのお土産はまだ買えきれてない。何しろ様々な人にこのスイス旅行の計画を話していたのでお土産もたくさん必要になってしまった・・・。お土産リストを作っていたがまだ埋まっていない人たちの分はすべてここで買おうと思った。ワイン,お菓子など売っていたが,駅の地下道には本当にたくさんの店があったのでどこで買うか非常に迷った。しかし時間が経つのは早い。もうすぐ10:00が来る。ホテルには11:30までに戻らないといけないので僕はワインの専門店みたいなところでワインを3本ほど買った。同じ店で買うほうが割引してくれると思ったからだ。やはり少し負けてくれた(ラッキー!)ワインは親父らへ。
 
 
あと友人らに細かいチョコレートを買った。立ち売りしている女の子に呼ばれたが凄く安かった。モッカ,バニラ,アップルチョコの3つ入りが1.25SF!これを大量に買った。誰にでも配れるサイズだからね。絵葉書もたくさん買っていたが追加で最後の買い物をした(スイスの絵葉書帰ったらトータルで70枚以上あった・・・多すぎたのでアルバムファイルを買ってそれに全て入れた。今でも大事に保管している)

さて,あと1時間ほど時間はある。














残る我が目指すものはチーズ・フォンデ店1軒のみ!








食べ物の恨みは恐ろしいので・・・・僕はチューリヒの駅,町中を最後の滞在時間に走りまくった。走って走って走って走って・・・・(最も1日目や早くから店を先に調べておいていたらよかったのだが観光に必死になって移動だけで精一杯だったのでチーズ・フォンデを探す最後の今日まで余裕がなかったのだ・・・やっぱりユングフラウやリギ山に頭がいっぱいだったからなあ・・・)しかしそれらしき店はない。チューリヒぐらいの都市なら駅に近い店ならあるはずと思ったのだがどこを見てもない・・・僕は自力で探すのは無理と判断し,近くにいた店の人にガイドブックの写真を見せて必死で尋ねた


「チーズフォンデショッププリーズ!」


「ノー」

聞くとこの辺りにはないらしい・・ガイドブックにも書いてあった通りこの料理はスイス西部ヴァリス地方の料理だ。もともと北東のチューリヒにはないらしい(どこかあるかもしれないがもう時間なかった)
僕はもうあきらめた・・・(残念!くー!今度スイスに来たら一番に食べるぞー!)*新たな目標ができた

時計の時間は11:30が来る。僕はホテル“モンタナ”に帰り,チェックアウトし,預けていた荷物をもらった。3日間お世話になった金髪のお姉さん。「センキュー!グッバイ!シーユー!」最後かわいかったな☆



*3日間お世話になったスイスチューリヒのホテル“モンタナ”。決して高級ではないがアットホームで
凄くよかった。ありがとう!今度またチューリヒに来ることがあったらぜひ泊まらせてもらうよ!
チューリヒエアポート~“さよなら,ありがとう,SWISS!”


「さて,エアポートへ向かうか・・・」


時刻は12:00。僕は最後のチューリヒ駅の列車に乗り空港へ向かった・・・
空港へは10分で到着した。空港はやはりとてつもなく広い・・・時間に十分余裕があるが誰も出国手続きを手伝ってくれる人はいない・・・一刻も早く出国手続きを完成させて置かないと落ち着かない・・・

 
スイスエアーのカウンターへ到着!

「13:50エントリー!」

チケットに○を付けてくれた。荷物も全て預けて貴重品かばんのみになった。これで身軽になったので空港を自由に見学できる!(荷物を預けた後はなにか気持ちがいいものだ)僕は出国口へ向かった。日本行きのナンバーは理解できた。出国ゲートに入らないと何があるかわからないので店舗数はへるかもしれないが僕は出国ゲートに入った。


日本 大阪行き スイス航空 14:20発


 出国ゲートに入っても店の数は多かった。12:30を回っている。まだ時間は十分ある。空港を見学するのは最後として僕はそろそろお腹が空いてきたので空港のレストランへ入った。(チーズ・フォンデも探したがやはりなかった・・・悲しい・・)日本人のコックさんがいた“チューリヒの子羊名料理レストラン”「ここの名物を。」と注文して僕は席に座った。


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*ポテトは熱くてすごく香ばしい。こちらは子羊の肉。クリームソースがなんともいえないまろやかな味で究極においしかった。パンもついていた。100SFほど残っている(約6,600円)日本に帰ったら関空から徳島に帰るバスのチケットはあるが最低5千円は残しておこうと思っていた。値段を聞いていなかったが42SF(約2,800円)(予想はしていたが,少し思っていたより高かったのであせった・・・)


まあ,バスのチケットさえあれば徳島には帰れるから大丈V!


さあ,空港で本当に本当に最後のスイスでの自由行動の滞在時間だ!

なんだがものすごく悲しい気分になってきたが時間いっぱいお店を回ろうと思った。空港の免税店で友人のたばこを買った(吸ってもらうためにあげたのだがその友人は誰も吸っていない。吸うより珍しい記念のため持っておくほうが良いと今でも保管している・・・・)

そしてチョコ,キーホルダー,絵葉書,ワインなどを最後に眺めた。やはり空港のものは高いなあ・・・今までたくさんの観光地で商品を見てきたから空港が高いのは一目瞭然でわかった。最後に空港を見学して僕はロビーでタバコを吸った。(やっと終わった・・・終わってみたらあっけないものだったが本当にスイスはよかったな・・・)



時間が迫ってきた。14:00が過ぎている・・・しかし14:20分が出発の飛行機のはずなのにまだ呼ばれない・・・・僕は真っ青になりあせった(まちがっているのか!・・・・)聞いたら飛行機の準備が遅れているらしい・・・心臓が止まりそうになった。



14:30に搭乗した。





結局14:45発と言っていた飛行機は15:00に出発した。





ブオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!





(ついに旅が終わる・・・・スイスから離れるのが凄くさみしいな・・・・・)



飛行機は離陸する・・・・・・一瞬で飛行機は空の上に上がり,チューリヒの町並みははるかに小さくなってしまった。そして飛行機はさらに上空へ・・・・タバコを吸いながら僕はずっとずっと外を眺めていた。


(*当時はまだ飛行機の中は禁煙になっていなかった)



(あっ!)



僕が上空から見えると真緑の見たことがあるような景色が見えた。


(ベルナー・オーバーラントのグリンデルワルトの町並みだ!あの真緑は間違いない・・・最後に僕を見送ってくれているのか・・・・ありがとう・・・)僕の目に自然に涙があふれてきた。



2日前だったがあの“トップ・オブ・ヨーロッパ”の“ユングフラウ”のアルプスの壮大な景色が何年も前かのように思える・・・スイスのアルプスに行きたくて行きたくて・・・・憧れたユングフラウを展望することができた。生きていてこんなに素晴らしいと思える一時を得ることができた。










またいつか必ず来るから・・・










さよならSWISS・・・

















そして,ありがとう・・・












僕は最後の最後まで上空からスイスの景色を眺めていた・・・・


このスイス旅行は僕の学生生活最後の旅行,いわば間もなく社会人になる学生時代の集大成の旅行であった・・何もかもやり過ごしてもう学生生活に悔いはない・・・大学時代は罰があたるぐらいに本当によく遊んだ。



海外旅行は2年生の中国,


年生夏のアメリカ,



そして卒業旅行のスイス・・・そして,


僕の様々な思い出のある広島県呉市・・・







無事にスイスの旅を終えて僕は機中で最後にこう思ったのだった・・・












「よし,これから僕は日本に帰ってI社(就職の決まっていた会社)でがんばるぞ!」











Walking in the Sun - Travis

 http://www.youtube.com/watch?v=fuvylD8DLYQ&feature=player_embedded

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Date:2010/06/17
Trackback:0
Comment:2
Thema:海外旅行記
Janre:旅行

Comment

*

ブログ、拝読させて頂きました。良いお話をありがとうございました。最初は、スイスの写真に惹かれて気楽に読み始めましたが、最後はちょっと涙目になっておりました。 お父様をはじめ、ステキなご家族ですね、羨ましいです。スイス、私もいつかきっと行こうと思います。
2012/11/10 【mt】 URL #- 

* Re: タイトルなし

mt 様

コメントありがとうございます。
スイス旅行記読んで頂いて嬉しく思います。
スイス旅行記はこのブログを始めたきっかけとなった記事です。
スイスは本当に美しかったので、少しでも多くの方にスイスの良さを伝えたくて
書きました。
また私が旅の仕事についているきっかけとなった旅行です。
スイスに旅発たれる時に少しでもお役に立って頂いたならこんなに嬉しいことはありません。
本当にありがとうございました<(_ _)>
壱岐タケチト
2012/11/10 【壱岐タケチト】 URL #- 

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