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壱岐タケチトのブログ旅行恋愛記

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□ アメリカ旅紀行(ニューヨーク編) □

第13章 ハーレム・ジャズナイトツアー

第13章 2005年12月9日 ハーレム・ジャズナイトツアー






【5番街で最後の記念撮影】
FL000016.jpg
5番街のフィックスアベニューでコートを買った僕はお店の人と一緒に記念写真。


もちろん・・・うれしかったのでコートを着てピース!


(第12章の最後でも述べましたが、これよりデジカメの電池がなくなったため、インスタントカメラ撮影になります。そして・・・・フラッシュなしで大丈夫と思って撮っていたら、現像したら真っ暗な写真でした。この第13章の写真はほとんど真っ暗な写真になります。見づらいと思います・・誠に申し訳ございません・・・)



時間はもう18:30を過ぎている・・・


僕は本日最後、NY旅行最後であるOPツアー、


ハーレム・ジャズナイトツアー”に参加するために


NYヒルトンホテルに向かったのだった・・・・












【ハーレム・ジャズナイトツアー概要】


以下が、出発前にビッグハートインターナショナルでNY市内観光と共に申し込んだジャズツアー内容です。


ハーレムジャズ(夕食付)

所要時間19:30~24:00

ハーレムのレストランにてソウルフードの夕食をお楽しみ頂いた後、
ハーレムのジャズクラブにてライブジャズをご観賞下さい。
ジーンズ、スニーカーは可。
パスポートをご持参下さい。


最少催行人数:2名

催行日:月・木・金・土


旅行代金120$(14,760円)


おおまかな日程


19:30 ニューヨークヒルトンホテル集合、出発



20:00 ハーレムレストランにて夕食(ソウルフード)



21:30 ハーレムジャズクラブにてジャズを観賞



23:00 NY市内ホテルへ帰着
 






 






【ニューヨークヒルトンホテルにて集合】

5番街より、歩いてここまで来た。


ずっとこの付近は何回も歩きでもう結構、道は覚えたものだ・・・・


昨日、ここで市内観光、ブロードウェイチケットを受け取るためにここに来たのがはるか昔に思えた。


時間は19:00過ぎ・・・


この時間になると宿泊客も多いせいか、世界中の人々がロビーで混雑していた・・・・


最もこのニューヨークヒルトンホテルはNYの顔と言われる、ミッドタウンの中心地・・・・


いわば、世界一の中心街と言われる場所だから、混雑していても無理はないのだ。


19:10分ぐらい・・・・


一人のガイドさんらしき、40歳前後の男性の日本人が現れた。


僕はその人をずっと見つめていたら、


「今日のジャズナイトツアーのお客様ですか?」


と尋ねられた。


「はい、壱岐タケチトです」


ジャズさん
「19:30に出発するのでもうしばらくお待ちください」


*ここではこのジャズナイトツアーのガイドさんをジャズさんと書くことにする(仮名)


しばらくすると、若そうな男女グループ5人が現れた。


でも僕より少し年上そうな感じかな・・・


男性3人と女性2人でみんな30代前後の年のようだった。


今日のジャズナイトツアー参加者のようだ。


そして少し年配の男性一人・・・


僕を入れて7人。




19:30になったので、参加者は7人か・・・


出発かと思ったらジャズさんが僕たちに話しかけてきた。


「時間が来たのですがあと一人来られていません。
 一人参加の女性なのですが・・・少しだけ待たせてください。
 よく場所がわからない人もいるので・・・
 私はロビーを探してきます。
 申し訳ございませんが皆さんはこちらを離れないでください!」


そう言って、ジャズさんはホテルロビーを探しに行った。


15分ぐらい待ったかな・・・・


30~40代の女性が遅れてこちらにきた。


女性
「申し訳ございません・・・・場所がわからなくて・・・・」


ジャズさん
「いえいえ・・・間に合ってよかったです。それではみなさん外に車がありますのでご案内します!」


ジャズさんは参加者が現れなくても動揺せず、落ち着き、僕たちにも対応がよく、とても責任感の強い人だった。


同業者としてみならわないとなあ・・・


僕たちは15分遅れて”ハーレム”へ出発することになった。












以下はフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋しています。

ハーレム (ニューヨーク市)
ハーレム (Harlem) は、アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市のマンハッタン区北部に位置するアフリカ系アメリカ人の文化とビジネスの中心地。

20世紀には、1920年代のハーレム・ルネサンスに象徴される黒人文化が長く花開いたが、また犯罪と貧困に喘ぐ地域でもあった。
しかしながら、1990年代には徹底的な治安改善政策により環境が驚く程改善された。

21世紀に入り現在は、街の再開発も進み、文化と経済のネオ・ハーレム・ルネサンス期に入りつつある。

名前の由来はトルコ語のハーレムとは関係なく、オランダの都市ハールレムにちなんでオランダ移民によって名付けられたと言われる。



歴史
この節は執筆中です。
加筆、訂正して下さる協力者を求めています。
かつてはオランダ系移民の住居地だった。



地理
文化的観点などから、ドミニカ人が住むウェスト・ハーレムやヒスパニックの多く住むイースト・ハーレムを、アフリカ系アメリカ人のセントラル・ハーレムとを区別し、アフリカ系アメリカ人が多く居住する地域のみをハーレムと呼ぶこともある。
現在ハーレムの境界線は常に変動し続けている。



ウェスト・ハーレム
ブロードウェイを中心に、125丁目から155丁目までを指す。
138丁目にはニューヨーク市立大学シティカレッジがある。
116丁目のコロンビア大学はハーレムではなくモーニングサイドハイツに含まれる。
145丁目からワシントンハイツにかけては全米最大のドミニカ人居住地。



セントラル・ハーレム
セントラル・パークの北の110丁目から。
東西に走る125丁目はハーレムのメインストリート。
アフリカ系アメリカ人が住む。
旅行者の主要な目的地。
シュガーヒルはセントラル・ハーレムからウェスト・ハーレムにかけて。



イースト・ハーレム
スパニッシュ・ハーレムとも呼ばれる。
96丁目から北はほぼ153丁目まで。
東はハーレム川までを指す。
プエルトリコ人などが居住。
なおアフリカ系アメリカ人の著名な活動家・公民権運動家の名を冠したストリートがいくつかある。

マーティン・ルーサー・キング通り(125th. Street)
マルコムX通り
フレデリック・ダグラス通り  他。



文化・政治
125丁目には黒人音楽の殿堂アポロ・シアターがある。
アメリカ合衆国42代大統領ビル・クリントンがオフィスを構えている。
有名なMCやDJを数多く輩出している地区でもある。



観光
アポロ・シアター
ハーレム・スタジオ美術館
コットン・クラブ



著名人
デューク・エリントン - ジャズのピアノ奏者


harlem[1]
*ハーレム概念図



セントラルパークの北110~155丁目辺りが”ハーレム”と呼ばれる。

近年は新たなブラックカルチャーの発信も盛んだ。

ハーレムは大きく分けて3つに分かれている。

黒人の多い「セントラル・ハーレム」、

プエルトルコ系が暮らす「スパニッシュ・ハーレム」、

ドミニカ共和国出身者の多い「ウエスト・ハーレム」である。



観光はセントラル・ハーレムに集中する。

地下鉄23に乗り、125丁目で降りれば、そこはハーレムのメインストリート。

ショップやレストランなどが並ぶ。

ここから、レノックス・アベニューを北上すると、ソウルフードの店や露店などがある。





ハーレム観光の注意
ハーレムの犯罪発生率はマンハッタンの他地域よりも高い。
再開発が進行中とはいえ、裏通りにはまだまだ廃墟が多く、麻薬の売人が立っていることもある。
と当時にメインストリート125丁目~135丁目はにぎやかで観光客でも歩ける。
つまり、言ってもよい所と立ち入るべきではない区域を見極めるのがポイント。
くれぐれも物見遊山でゲットー(貧民街)をのぞき見に行くようなまねはやめよう。
夜のジャズクラブへはツアーに参加するかタクシー往復を。

基本的な注意
①単独行動は控える。
②明るい時間帯に入る。人通りの少ない所には入らない。
③ハーレムタクシーは相場制でハーレム移動内は5$。
 ミッドタウンへは12~15$。
④日曜は休み、平日は19:00頃に閉店する店が多い。

*上記は04~05版、地球の歩き方NYに書かれていた情報で現在は異なっている場合もございます。











FL000001.jpg

ジャズさんは車(8人も乗っているのでワゴンといってよい)であいさつ、自己紹介などをされた。


NYのガイド歴は長く、20年間もNYに住んでいるそうだ・・・・


20年って・・・・


半端な年月じゃない・・・・


もう完璧にアメリカ文化、NY文化にどっぷり染まっているんだろうなあ・・・・






FL000007.jpg
*ハーレムの風景





FL000008.jpg
僕たちは、SYLVIA’Sという、凄く有名なレストランに来た。


このレストランはNY、ハーレムで本当に有名らしい。


シルビアさんという、黒人女性が経営しているお店。


なんと・・・・



クリントン大統領(2005年時のアメリカ大統領)らもよく訪れるらしい・・・





以下にSILVIA’Sで頂いたパンフレットの3枚の写真を載せる。



CIMG8954_convert_20101006123345.jpg
*シルビアさんの絵




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*恐らくこのお店の設立について書かれているのだと思う。




CIMG8956_convert_20101006123431.jpg
*歴史、住所、食事メニューなどであろう。





FL000009.jpg
店には何やらめずらしい絵が飾られていた。


ここで、僕たちは夕食を食べることになる。


ジャズ鑑賞はここで夕食を食べてからまた、別の場所になる。


店に入った僕たち8人はテーブルに着いた。


ちょうど、8人全員が同じテーブルに座ることができた。


おまちかねのハーレムの夕食・・・


そういえばソウルフードってなんだろう・・・・










以下はフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋しています。



【ソウルフード】


ソウルフード(英語:soul food)とは、アメリカ合衆国南部で奴隷制を通して生まれた、アフリカ系アメリカ人の伝統料理の総称である。
「ソウルフード」という名称が定着したのは、アフリカ系アメリカ人に関する事柄を指すのに「ソウル」(「魂」)という言葉がよく用いられるようになった1960年代半ば頃である。


ソウルフードの例。左奥にコーンブレッド、右奥スイートティー、手前の皿にカラードグリーン、マカロニチーズ、フライドチキン、サツマイモ。


歴史
ソウルフードの歴史はアメリカ合衆国の奴隷制の時代にさかのぼるが、そのルーツはアメリカ合衆国や奴隷制の歴史よりも古く、アフリカ大陸にまでたどることができる。
食文化史研究家の多くは、ヨーロッパ人がアフリカを探検し始めた14世紀初め頃、探検家たちがヨーロッパから持ち込んだ食料がアフリカ人の食生活に導入されたと考えている。
モロッコからアフリカに移入されたカブやスペインから移入されたキャベツはアフリカ系アメリカ人の食文化にとっても重要な作物となった。

14世紀初めに奴隷貿易が始まると、奴隷とされたアフリカ人の食文化は新たな地で変化を遂げた。
驚くべきことに、この時期すでにアフリカ原産の作物がアメリカ州の奴隷の食物に含まれている。
アフリカ原産の作物の中にはアメリカ州の重要な作物となるものも現れ、アメリカ合衆国南部を初め西インド諸島やブラジルでアメリカ州独特の食文化の成立に貢献した。
このためにソウルフードは主にケイジャン料理、クレオール料理やブラジル料理と食材やアフリカ式の料理法を共有している。

キタオポッサムアフリカ人の奴隷とその子孫は、手に入る食料で生き延びることを余儀なくされた。
アフリカで食べていた野菜の代わりに、大農園で奴隷に与えられたカブやタンポポやビーツの葉が用いられるようになり、カラードグリーン (collard greens) 、ケール、クレソン、ヨウシュヤマゴボウなど新しい素材も用いられるようになった。
奴隷は大農園で捨てられる豚足、牛舌、牛の尾、ハムのかかとの部分(ハムホック)、チタリングス(豚の小腸)、豚の耳、豚の頬肉、牛の複胃(ミノ、センマイ、ハチノス、ギアラ)や皮をもらい受けて料理を工夫し、タマネギ、ニンニク、タイム、ローリエを加えて風味を良くした。
さらに多くの奴隷は野生動物を捕らえて足りない動物性蛋白質を補った。
1950年代までは、農村部に住むアフリカ系アメリカ人はアライグマ、キタオポッサム、カメやウサギをよく食べていた。
家畜の内臓や青菜は、今でもソウルフードの代表的な食材となっている。


ナマズ奴隷が農園主の邸宅の台所でコックとして働くようになると、奴隷の食文化はさらなる発展をとげた。
鶏が手に入ればフライドチキンが食べられるようになり、茹でたジャガイモの隣にサツマイモが並べられるようになった。
リンゴ、モモ、キイチゴ類、種実類、穀類はプディングやパイになった。
残った魚の身はほぐして鶏卵、コーンミール(粗挽きのトウモロコシ粉)または小麦粉、調味料と混ぜて衣をつければクロケット(コロッケ)になり、固くなったパンはブレッドプディングになった。
野菜の煮汁はポットリッカー (pot likker) と呼んでソースとして食べたりそのまま飲んだりした。

南北戦争の後、奴隷制から解放されても多くのアフリカ系アメリカ人の家庭の経済状態には大きな変化はみられず、畜肉の安価な部位や内臓を買うのがやっとであった。
南部のアフリカ系アメリカ人の人口は農村部に集中していたため、野菜は家庭菜園で栽培して自給し、動物性蛋白質は魚を釣ったりオポッサム、ノウサギ、リス、水鳥などを捕らえて補充した。
屠畜の副産物を無駄にしないため、調理油としてラードやヘットがよく用いられた。

アフリカ系アメリカ人が雇用の乏しい南部の農村部から北部の工業地帯に移住するにしたがい、ソウルフードも人と共に移動した。
アフリカ系アメリカ人の人口の多い地域ならどこでもソウルフードが食べられるようになり、ソウルフードの食材も手に入るようになった。
今ではチャールストン、アトランタ、シカゴ、ヒューストン、デトロイト、ニューヨーク、ニューオーリンズ、ロサンゼルス、マイアミ、ボルティモア、サクラメント、セントルイス、ワシントン特別区などアフリカ系アメリカ人の人口の多い大都市ではどこでも、安価なフライドチキンや魚のフライを専門にする店から高級料理店まで多種多様なソウルフードレストランが見られる。

南部の庶民は主に経済的な理由から人種にかかわりなく手に入りやすい食材を使って料理を作らざるを得なかったため、南部の食文化を人種によって区分するのは非常に困難である。
しいていえばアフリカ系アメリカ人はアングロ・サクソン系アメリカ人よりも比較的内臓の料理に対して好意的で、香辛料をより多く用いて辛めの味付けにする傾向にあるが、実際ソウルフードと南部の白人の伝統的な家庭料理の間には相違点よりも共通点が多い。


ソウルフードの記録
多くの奴隷州では奴隷が読み書きを習うことは違法であったため、ソウルフードのレシピや料理法はしばしば口承で伝承された。
世界初のソウルフードの料理本は1881年に発行されたアビー・フィッシャー (Abby Fisher) による『フィッシャー夫人が昔の南部料理について知っていること』 (What Mrs. Fisher Knows About Old Southern Cooking) である。1891年出版の『美味しい料理』 (Good Things to Eat) の著者ルーファス・エステス (Rufus Estes) は元奴隷で、プルマン社の社員だった。
しかし同時期に書かれたアフリカ系アメリカ人による料理本のほとんどは広く流通することなく失われた。

20世紀半ばからアフリカ系アメリカ人によって書かれたソウルフードやアフリカ系アメリカ人の食文化の本が活発に出版されるようになり、好評を博した。1970年初版のヴァータメイ・グローヴナー (Vertamae Grosvenor) による『ヴァイブレーション・クッキング、あるいはギーチー娘の旅行記』 (Vibration Cooking, or the Travel Notes of a Geechee Girl) はサウスカロライナ州東部の低地(ロウカントリー)地方のギーチーやガラ人の料理を扱っており、材料を厳密に計量して料理するよりも直感(表題の「ヴァイブレーション」)を大事にすることと、手元にある材料で料理を工夫するという2点に重点が置かれ、伝統的なアフリカ系アメリカ人の料理法の精髄をつかむことに成功している。
牡蠣、カニ、新鮮な野菜、米、サツマイモといったシンプルで健康的かつ簡単に手に入るロウカントリーの食材をレシピでふんだんに用いるグローヴナーの著作はベストセラーとなった。

アフリカ系アメリカ人の家庭では、祝日に料理を皆で分かち合う大切さが重んじられてきた。
このため、アフリカ系アメリカ人の料理の本にはしばしば家族の大切さと家族が集まる場のための料理という共通のテーマが登場する。


ソウルフードと健康
農村部に居住し、経済的にあまり余裕がなく、厳しい肉体労働に従事せざるをえなかった人々の料理として発達したソウルフードは素朴でボリュームのある料理が多く、豚肉とその副産物がよく用いられてきた。
揚げ物にはコレステロールを多く含むラードやトランス脂肪酸の多いショートニングがよく用いられる。
昔の料理本には、しばしばフライドチキンの味をよくするために鍋一杯のラードにバター0.25ポンド(約113.5g)を加えるとよいと書かれている。
このため、ソウルフードには不健康なイメージがつきまとう。

しかし、アフリカ系アメリカ人を初めとする現代のアメリカ人の多くはコレステロールやトランス脂肪酸を多く含む食品の過度の摂取と運動不足が重なるという非常に不健康な生活を送っているため、肥満、高血圧、循環器系疾患、糖尿病など成人病を発症しやすく、健康的な生活習慣を持つ人よりも早く死亡するリスクが高い。
トランス脂肪酸の摂取は心臓病のリスクを高めることもわかっている。
このため、アフリカ系アメリカ人の中では近年揚げ物にサラダ油を使ったり、豚の代わりに豚よりも脂肪の少ない七面鳥の燻製を使ったりする者も出てきた。
しかし、伝統的でない料理法や素材をソウルフードに取り入れることでアフリカ系アメリカ人の伝統文化が損なわれるのではないかという批判もある。


ソウルフードの料理と食材
ソウルフードの料理や食材の中には、他の民族グループの食文化と共通するものとソウルフード独特のものがある。
また、ソウルフードの中にも地域差がみられる。


カントリーフライドステーキ、ベークドビーンズ、マッシュポテト、白いグレービー


肉類

チタリングス (chitterlings) あるいはチトリンズ (chitlins) :下ごしらえをした豚の腸。じっくりと煮込んでから酢やチリソースを添えて食べることが多いが、茹でてから衣をつけて揚げることもある。
クラックリンズ (cracklins) :豚の皮や脂身をかりっと揚げたもの。油かすの一種。しばしばコーンブレッドの生地に加えられる。
ファットバック (fatback) :脂身の多い塩漬けの豚の背肉。主に野菜の煮込み料理に風味をつけるのに用いる。
ハムホック(豚の後脚を燻製にしてハムを作るときに出る飛節の部分):野菜や豆の煮物に風味をつけるのに用いる。
豚のヘッドチーズ (Hoghead cheese) :豚の鼻面、唇、耳などを刻んで煮込み、煮こごりごと冷まして固めたもの。「サウスミート」 (sousemeat) あるいは単に「サウス」とも呼ばれる。
豚の顎肉、頬肉:スライスしてチタリングスと一緒に煮込む。
豚足:チタリングスと同様にじっくりと煮込んで酢とチリソースを添えて食べる。酢漬けにもする。
スペアリブ:豚のリブが最も一般的だが、牛のリブも食べられている。

鶏の砂肝:味をつけた衣をつけて揚げる。
鶏のレバー: 味をつけた衣をつけて揚げる。
フライドチキン:骨付きの鶏肉をコーンミールや味をつけた小麦粉をまぶして揚げる。白人があまり好まないダークミート(手羽やもも肉)が用いられることが多い。

カントリーフライドステーキ (country fried steak) :小麦粉か衣をつけてかりっと揚げた牛肉。普通は白いグレービーをかけて供する。フライドチキンと調理法が似ているため、別名「チキンフライドステーキ」。
牛の首の骨(肉のついたもの):煮込み料理にする。
牛のテールスープ
ミートローフ:茶色のグレービーを添えるのが一般的。
魚介類
魚のフライ:ナマズ、ホワイティング、ポージー(タイ科の魚)、ブルーギルなどにコーンミールをまぶして揚げる。
エビ料理


黒目豆 野菜類
黒目豆 (black-eyed pea) :ササゲの一種。煮込み料理にする他、米と炊きこむと「ホッピン・ジョン」 (hoppin' john) という料理になる。
キャベツ:酢、塩、ハムホックまたはファットバックと一緒に煮込む。最近はファットバックの代わりにシチメンチョウや鶏の燻製も用いられるようになった。
青菜類:カラードグリーン、カラシナ、カブの葉など。ハムホックと一緒に煮込む。ディープサウスではカラードグリーン、アップランドサウスではカブの葉が好まれる。

若いライマメライマメ
バタービーンズ:ライマメを若取りしたもので、バターを加えて煮る。
サヤインゲン:トマトと豚肉を加えて煮込む。
赤インゲンマメ
マッシュポテト:バターとエバミルクを加えて作る。
オクラ:コーンミールをまぶして揚げるか、トマト、コーン、タマネギ、トウガラシと一緒に煮込む。
サコタッシュ (succotash) :元は北米先住民の料理。コーン、トマト、バタービーンズにバターを加えて煮込んだ料理。

サツマイモサツマイモ:中が白いものとオレンジ色のものがある。
茹でて輪切りにし、砂糖、シナモン、ナツメグ、バターまたはマーガリンを加えてオーブンで焼いた料理は「キャンディード・ヤム」と呼ばれる(米国ではヤムイモとサツマイモがしばしば混同されているため)。
茹でてピュレーしたサツマイモで作るスイートポテトパイは、パンプキンパイとよく似ている。
ヨウシュヤマゴボウ:若い茎と葉を食用にする。有毒なので、3回茹でこぼしてから用いる。上記のエドナ・ルイスによればホウレンソウに似た味だという。


蜂蜜とビスケット パン類
高温多湿のアメリカ合衆国南部はコムギよりもトウモロコシの栽培に適していることから、トウモロコシで作ったパンが発達した。

ビスケット :バター、ジャム、ソーガム(モロコシ)またはサトウキビのシロップ、グレービーを添えて食べるほか、おかずの煮汁をビスケットにしみこませて食べる。
コーンブレッド (cornbread) :重曹とベーキングパウダーで膨らませた、ケーキ風のパン。風味漬けにはベーコンの脂がよく使われる。
ホーケーキ (hoecake) :コーンブレッドの一種。コーンミール、塩、水を混ぜてゆるい生地を作り、フライパンで揚げたもの。農業労働者が昔シャベルや鍬 (hoe) を焚き火で熱した上でこれを焼いて食べたため、この名がある。
ホットウォーター(ワータ)コーンブレッド ("Hot water (wata)" cornbread) :コーンミールを湯で溶いた生地を揚げて作るコーンブレッド。
ハッシュパピー (hushpuppy) :コーンミールの生地に刻みタマネギを混ぜ、丸めて揚げたもの。
ジョニーケイク (jonnycake) :コーンミールのホットケーキ。普通バターを添えて塩味で食べる。
ミルク・アンド・ブレッド (milk and bread) :コップにコーンブレッドを崩して入れ、バターミルクと砂糖を加えたもの。別名「貧者のコップ入りデザート」 ("po' folks' dessert-in-a-glass") 。
スイートブレッド


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ソウルフードの例。左奥にコーンブレッド、右奥スイートティー、手前の皿にカラードグリーン、マカロニチーズ、フライドチキン、サツマイモのキャセロール

上記画像ははフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より使用させて頂いています。

ウィキペディアのソウルフードのHPです。










FL000010.jpg
*僕が写したソウルフードは暗くて見えません・・・申し訳ございません・・・

テーブルに並んだ僕たちの上にソウルフードが並べられた。


次々にメニューは出てくる・・・


取り放題放題のエッグ、チキン、肉、焼き飯、パン・・・・・など


野菜は確かなかったように思うが、高菜のような菜っぱを煮込んだものがあった。


油系の肉類がメインだったが味は抜群!


さすがに有名店だけあって味はおいしい!


ジャズさんに聞いたらこの「シルビアズ」は、有名でであると当時に老舗店。


メニューには特製ソースを使ったバーベキュー、フライドチキン、牛の尻尾を煮込んだオックステールシチューなどがメインであった。



僕たちはドリンクにビール、女性はカクテルを頼んでいた。


旅の出会いということもあり、僕たち8人はアルコールも入って楽しくおしゃべりを始めた。


まず、ここでもう一度8人をご紹介する。










【ジャズナイトツアーの参加者8人】

まず若そうな男女グループ5人・・・・


男性3人と女性2人でみんな30代前後の年のよう・・・・


この5人はなんと、あの全国有名な洋服店(ここでは詳しく述べない)のデザイナーだった・・・


僕はこの”デザイナー”という仕事を聞いて仕事内容の難しさ、職人的才能、天性的な企画力が必要ということが5人から話を聞いていてわかった・・・・


デザインの納期が近くなると徹夜などは常らしい・・・


5人とも東京から来たみたいだ。


標準語に溢れ、いかにも都会っぽいイメージがあった。


ここでは5人を男性A、男性B、男性C、女性A、女性Bと述べる。


男性Aは結婚している30過ぎの人でこの人だけは営業の人。


男性Bは茶髪で眼鏡をかけているデザイナー。


男性Cはサングラスをかけて地味な感じの人だが1番、優しかった。


女性Aは30過ぎくらいで黒のマニキュアが凄い色気の濃いデザイナー。


女性Bは黒髪の童顔で目がパッチリした子で(僕より年上だが)一番かわいらしい感じ。デザイナー。


5人とも凄く仲が良くて、職場の仲間というか学生サークルの延長みたいな感じだった。


男性Aだけが結婚しているようだったが・・・結婚したら束縛と人生の墓場で大変という・・・(苦笑)


結婚に憧れていた僕はどう考えても結婚している方がいいと思ったが・・・・(苦笑)


男性Bとはあまり話をしなかったが、男性Cはいろいろと一番年下で、一人の僕に話をしてくれた。


しまいに、僕の”恋バナ”を話題にされてきたので・・・僕はその話題は逃げるようにはぐらかした(笑)


女性Aはスーパーウーマンみたいな感じ・・・女性Bは僕の目の前に座っていたので結構話した。


みんな仲がとても良く、見ていて羨ましかった・・・・・


僕はこの時は、会社には同期どころか自分に近い年齢の子はいなくて、上司とも仲が悪かったのでこんな会社だったらいいな、と見ていて思った。
(しかし、今振り返ってみれば、当時の僕はそれだけ、周りが見えておらず、上司と馬が合わないのも当然なことをしていたと思う・・・・決して今は全く問題ないとは言わないが、当時に比べたら比べ物にならないほど人間関係は円滑になった。最も仲の良い、同僚が入ってきたりしたのもあって飲み友達もでき、営業での謙虚さも学んだ。今思えば仕事の内容ももちろん大事だが、人間関係も最も大切なものだと思う。本ブログの”登山紀行の剣山”でも述べたが、友人以外で幅広い年齢の違う仕事関係の友人ができることは、自分にとっても大きな成長になりうる財産だと思う)


僕は、この時・・・・やっぱり社内の人たちとは仲良くしないとね・・・・・そう思った。




続いて年配の男性一人・・・


この人はNYマラソンの下見に来たそうだ・・・・


目的はNYに下見が一番・・・・


ホノルルマラソンにも出たらしい・・・・


マラソンの話などで話がはずんだ。




そしてもう一人・・・・


今回遅れてきた女性・・・・


40代前後の中年女性でNYは5回目!


他にもインド、サンフランシスコなどに一人旅したそうだ。


NYは最も気に入った所みたいなので5回も訪れたのだった。


最後にコーヒーとデザートが出てきたのでみんなで召し上がった。





・・・・・・以上8人で、楽しいひと時を過ごしたのでした・・・
(ジャズさんは別の場所でご飯を食べていました)








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*これは何の写真かさすがにわかりません・・・




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有名店”SILVIA’S”で一枚ピース!





FL000014.jpg
*ソウルフードを写す!














【ハーレムのジャズ】

夕食は1時間半ほど、お酒も入ってお腹も満腹になり、僕たちは本当に楽しい時間を過ごした。


”あー、楽しかった!”


おっと・・・・


メインのジャズ観賞はまだ終わっていないぞ!


これを聞かなかったら何をしにこのツアーに参加したんだ!(笑)


僕たちが食べ計らったのを見て、ジャズさんが現れて、みんな一緒にお店を出た。


ジャズさん
「みなさん、ソウルフードはおいしかったでしょうか?
 日本人の人でも味は評判の店なのでお楽しみいただけたのではと思います。
 続いて、ジャズ観賞に行きます。
 もうここから、5分と走ったところです。
 お店はクラブになります」


そう言って、ジャズさんは僕たちにジャズクラブの案内パンフレットを配ってくれた。

CIMG8957_convert_20101006123451.jpg
*LENOX LOUNGE? というお店だったかな?? これには大きく書いている。
 スケジュールなども細かく書かれていた。




ジャズクラブに到着!


僕たち8人は一斉にお店に入った!


「ヘーイ!」


店長らしい黒人の男性が笑いながら僕たちを迎えてくれた。


すでに楽器のスタンバイはしている・・・・




ワンドリンク制になっているので(たしかツアー代金にワンドリンク分は含まれていた)


僕はカクテルを頼んだ。


他の人たちもカクテルやビールを頼んだ。


カクテルを見ながらNYのハーレムで夜にジャズを聴く・・・・・


なんて贅沢でロマンチックなんだろう・・・・



場所はジャズの観覧席が50席ほどはあったかな・・・


かなり奥に広いお店だったので。


数人の人はいたが、ほとんどは僕たちツアー客だけだった。


そして・・・・






ジャズが演奏された・・・・




*上演中は写真を写せないのでイメージとしてユーチューブの動画を載せさせて頂きます。
(下記の動画はあくまでイメージで実際のツアーとは全く関係ありません)














6.It Don't Mean A Thing
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Harlem Jazz Club
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Jazz From Harlem: Connie's Inn Orch.: You Rascal, You 1931
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1時間半ぐらい・・・・見事にJAZZミュージックを演奏された。


プロなので当然だが、楽器はなめらかでみんなうまい・・・


見ていて感心する・・・・


正面に向かって一番左の黒人男性はドラム、


真ん中の太い黒人男性はギター、


そして・・・一番右の黒人男性のピアノはめちゃうま・・・・




ピアノは全ジャンルでジャズ演奏が最も難しいということを僕は聞いたことがある。


クラシックよりも・・・・・(曲によるとは思うが・・・)


クラシックも演奏は難しいがメロディは聞き取りやすいと思う・・・・


それに比べたら・・・・ジャズはメロディーが半端なく聞き取りにくい・・・・


例をわかりやすく言えば”鼻歌を歌えない”と言うべきなのだろうか・・・・


そういうことからピアノ演奏は、むずかしいだと思う・・・・


めちゃくちゃ弾いているようで間違って演奏してもわからないような・・・しかしやはり間違えばわかるほど、きちんと曲になっている・・・・ピアノジャズはそんな音楽のように僕は思う。


僕はジャズはピアノがメインだと思った。




素晴らしい!



参加して本当によかった。


ジャズを・・・NY最後の夜に聞けて・・・・本当によかった・・・・


人は少なかったが、3人とも乗りが良く、最後まで一生懸命演奏してくれた。



FL000018.jpg
*最後にお店で写真を!














【ジャズナイトツアーを終えて】

ついに・・・・楽しい最後のツアーが終わった・・・・


みんなとても満足していた・・・・


そして・・・お店の人たちにお礼を言って僕たちはハーレムを後にした。


ミッドタウンに入るころは時間はもう夜の23:30を過ぎている・・・・


僕のホテルは94ST。


参加者のみんなより最も北に泊まっているので(ハーレムに最も近かったので)


僕は94STの近くで一番に車を降りた。


ジャズさん、参加者の皆さんにお礼を言ってみんなとお別れした。



降りて一人で帰る時・・・









何か物凄くむなしかった・・・・・













急に一人ぼっちになった・・・・














さっきまでみんなといたから凄くにぎやかだったな・・・・・・













やっぱり旅行は一人は寂しい・・・・・














NY旅行も今日で最後・・・・













そして・・・・・













ホテルに帰って僕はこの旅行日記を書いた・・・・・














いよいよ・・・・・・・














明日、日本に帰る・・・・・















でも今日も・・・・













最高の1日だったよ!

FL000019.jpg
















メトロポリタン美術館、


五番街、


そしてジャズナイトツアー・・・・


12月9日のNY最後の1日は終わりました。


いよいよ、明日、壱岐タケチトは日本へ帰ります。


旅行記も次章で最後になります!


第1章からここまで読んで頂いた皆さまには感謝感激です!


さて次章は


第14章 2005年12月10日 さようなら、ニューヨーク!


です。


NY、本旅行での最終章となります!


NYでたくさんの想い出を見てきた壱岐タケチトは最後に何を思うのでしょう?


物語はいよいよ感動のクライマックス!




そして・・・・



壱岐タケチトがずっと・・・・


ずっとずっと待ち続けていた、自分を必要としてくれる女性がついに・・・・・


感動的なNY、本旅行の最終章でいったい何が起こるのか?



どうぞ、次回も、ぜひともご覧ください!


2010年10月7日
壱岐タケチト


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Information

Date:2010/10/07
Trackback:0
Comment:2

Comment

*

食事の一品の量が多くて驚きました

食事が合わなくて痩せる人はよく聞きますが

逆に大きくなって帰ってきたりする人もいるんでしょうかね(笑)
2010/10/07 【まいくろ】 URL #- 

* Re: タイトルなし

> 食事の一品の量が多くて驚きました
>
> 食事が合わなくて痩せる人はよく聞きますが
>
> 逆に大きくなって帰ってきたりする人もいるんでしょうかね(笑)

まいくろ様
お久しぶりです。
コメントありがとうございます!

アメリカの食事の一品はかなり量は多いです・・・
マクドナルドのハンバーガーなど日本の倍ぐらいあります。
国によってまちまちだと思いますが一般的に”大きく”なって帰る
人が多いみたいですよ(笑)

何しろツアーでは”食べる、食べる、食べる”が
旅行メインの一つですね!
壱岐タケチト
2010/10/08 【壱岐タケチト】 URL #- 

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