壱岐タケチトのブログ旅行恋愛記

□ スポンサー広告 □

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

*    *    *

Information

□ スイス旅紀行 □

第2章 スイスに行こうと思った動機・出発準備

第2章 スイスに行こうと思ったきっかけ~出発までの準






「スイスのアルプスに行きたい・・・」





僕は漠然とそんな事を考えていた。当時21歳の大学三年生。

クソが付くクソ真面目な性格で留年になったらどうしようと,1年生の時からビクビクしながら,神経質になっていた僕は授業単位を3年生の前期までで全て取って終わらせ(必須科目や卒業論文を除く)後期から週に1,2回しか授業に行かなくてよくなった。それがいいのか悪いのかは別として,同じ学科の友人と会う機会も減り,一人の時間が極端に増えた。時間があるがお金がない学生は本当にすることがない。これからこの3年生の後期の半年もの間をどう過ごそうか・・・。


僕の大学のあった広島県呉市は由緒ある自衛隊海軍の基地がある。広島県では広島市,福山市に次ぐ広島県第三の都市だ。初めてこの街へやって来たとき思っていたより田舎だったので好きになれなかったが,4年間いて大学を卒業する頃にはいろいろな思い出もできたせいか本当に好きな街になっていた。

そんな僕は,呉市の中心街に住んでいたがそこに呉市中央図書館という割と大きな図書館があった。暇があればそこによく行っていた。ある日,スイスの山についての本を手にした。昔からよく両親に山に連れられてきた僕はそんなことからか山に関心があったのだと思う。

01.jpg
 http://www.myswiss.jp/jp.cfm/home/page-Topic_Special-Topic-325991.html


「スイスのアルプスに行きたいな・・・こんな美しい山を目の前にしたらどんなに感動するのだろうか・・・もう再来年には就職して社会人になる,よし,大学生活最後の思い出としてスイスへ行こう!」

 そう決意した僕だがその時は漠然と考えただけだった。しかし,大学を卒業した4年生最後の春休み,2001年3月15日~19日に本当に行くことになった。そしてこの旅行は僕の人生を大きく変えたのである。




【旅立ちへ向かっての勉強】
スイスへ行こうと決意したものの何をどのように準備したらいいのか?僕はそれに悩んで考えた。まず考えないといけないのが,「スイスのどこに何を観光に行きたいのか?」これが1番重要なことだった。僕は漠然とスイスのアルプスに行きたい,昔テレビのアニメで見た「アルプスの少女ハイジ」みたいな山の草原に羊がたくさんいる,昔好きだったミルクの飴の表紙に(たぶんスイスと思われる山)山の草原には大きなラッパを吹く人がいる,とにかくアルプスは自然がのどかで小鳥も羊も牛もいて本当に美しいところだ,そんなイメージだけしかなかったのだが,実際に行くのならそんな場所はスイスのどこにあるかと考えた。

いろいろと考えたが,そんな漠然とした場所を探すのは大変,それでは「スイスで1番美しい山へ行こう」と考えた。

そんな中ある日,僕はいつものように通っていた呉の図書館である本を見て,「世界一美しい村はスイスにあるグリンデルワルトという村」という1文を目にした。あった!と思い,スイスの本をいろいろ調べた。




この時スイスについて勉強した基礎知識

06.jpg


http://www.arukikata.co.jp/switzerland/sceanic0906_01/

①スイスは九州より少し大きいぐらいの面積である。

②アルプスには(特に)有名な山が3つある。以下のこの3つの山の総称を「アルプス3大名峰」という。

・《マッターホルン》・・・麓の村,ツェルマットより行く。スイスのシンボルでピラミッド型の山で先は非常にとがっている。アルプスの王者とも呼ばれ,ハイキングコースでは何ヶ所か湖があり,風がなければ湖面に見事な逆さのマッターホルンが映る写真は有名。標高は4478m。

・《モンブラン》・・・・・フランス領シャモニを拠点とする。シャモニはジュネーブより行く。モンブランは直訳すると白い山。万年雪で覆われる女性的な山頂を見せるこの山はヨーロッパ大陸で最も高い山で標高4,807mを誇る。ユギーユ・デュ・ミディへ行く空中ケーブルのスリルは必須体験。

・ 《ユウグフラウ》・・・・・・ベルナーオーバーランド高地に位置する「世界一美しい村」といわれる「グリンデルワルト」より登山鉄道で上る。終点駅であるヨーロッパで最も高い地点にある鉄道駅(ユングフラウヨッホ)は3,454mで駅に続く建物は「トップ・オブ・ヨーロッパ」と呼ばれる。スフィンクス展望台からは山頂,壮大なアルプスの眺望,グリンデルワルトの村々,そして眼下には南の斜面にヨーロッパ最長のアレッチ氷河が見られる。ドイツ語で乙女を意味するユングフラウは2007年にアルプス最初の世界遺産登録を受けた。

③スイスには東にチューリヒ空港と西にジュネーブ空港の2つの国際空港がある。

④スイスではドイツ語(国民の65%),フランス語(18%),イタリア語(10%),ロマンシュ語,(1%)が使用される.

dgsgfsdf.jpg

 
スイスは北東がドイツ,西全般がフランス,南全般がイタリアに囲まれているため,それぞれの国に近い場所にその国の言語を使用する人が多い。(ドイツに近い首都ベルンはドイツ語,フランスに近いジュネーブはフランス語など)しかし,鉄道員やホテルの従業員は英語を話せ,また一般の人でも英語を話せる人は多い(僕の経験ではたまたま話しかけた人がそうだったかもしれないがジュネーブの人はほとんど英語が通じなかった・・・あの発音はたぶんフランス語・・・)ので多少英語が話せれば滞在時に特に不便は感じないということ。


いろいろと調べてみたら以上のようなことがわかった。大学では特に一般教養科目(政治学・社会学・哲学・文学・心理学・英語・中国語など専門の工学とは全く関係のない科目)に力を注いでしまったため(おかげで専門の工学の知識は全くといっていいほど4年間で身についていない・・・余談だが工学基礎実験やプログラム,工業製図などは最強に苦手だった・・・工業製図などは毎週課題として工業製図を作成するのだが仲の良い友人(M氏)にお金を払ってやってもらったこともあった(最後の方は見るだけで目眩がするようなわけのわからない製図になってきたのでほぼ毎週)・・・今だから言える話だが・・笑)英語の授業はまあまあ真剣に聞いてがんばった?

2年生の夏に英検も取ったので(準2級なので自慢にならないが)まあ,何とかなるだろう,と特に準備勉強はしなかった。最も一人で行く予定なので添乗員付きのツアーで行こうと思っていたので英語なんかしゃべられなくても大丈夫と。やはり,「アルプス3大名峰」など山のことなどを図書館に行ってはいろいろな本を読んだ。いろいろな本を見るほどきれいな山々の写真を目にしてスイスへの気持ちが高ぶってくる毎日だった。1日中山の本を読んでいたこともあった。「アルプスに行きたい・・・早く春休みが来ないかなあ・・・・・」



【JTB呉支店でいよいよ旅行の申し込み~そして決意への揺らぎ~】
4年生の後期にもなったらこの時期は卒業論文も忙しくなるが僕は出来が悪かったため,自力で卒業論文を研究することは首になり(苦笑・・・)チーム3人の一人を手助けしてワードで論文を作ることになった。そのせいか,後期は正直あまり忙しくはなかったかな・・・最も発表一ヶ月くらい前はかなり忙しかったけど・・・
4年間入っていた体育会本部(もともと応援団で大学祭実行委員会みたいなところ,わかりやすくいえば生徒会)は大学祭が終わっても他大学の交流で合いの変わらず忙しさだったが,それでも大学祭終了後は大分自由な時間もできたため,ミスタードーナツで大学生活最後の約4ヶ月はアルバイトを始めた。出来が悪いながら幸いにも就職は奇跡的にも5人いたゼミ生の中で早くの5月に僕が1番に決まった。就職は僕が最後か,決まらないというみんなの予想を大いに裏切って一番に決まったので少し気持ちよかった。地元徳島県の食品関係の会社なのでまあこれでいいかというような程度の気持ちで(後に転職することにはなったが)アルバイトの理由はもちろんスイスの旅費を稼ぐため。アルプス3大名峰をすべて行くつもりでいたから(親からの仕送りも無駄遣いせずにためるようになった,スイスに行くと決めてから)

 いよいよ僕は正月も明けた1月に旅行会社に申し込みに行った。住んでいた所の1番近くにW社という小さい旅行会社があった。しかしここはスタッフも一人でお客さんが誰もいなかったので外から見てパンフレットをもらっただけだった。(このときこの小さな旅行会社のW社にいたこのHさんという男性との出会いは僕のこれからの人生を大きく変えることになった・・・・・・)

kamenote_580.jpg


 W社を出た僕はいつも呉駅から大学に通っていたが,駅のすぐ近くにJTBがあるのを知っていたのでそこに行った。このとき僕はJTBが旅行会社の最大手とは知らなかったが,たまたま近くで大きい旅行会社はそこしかなく,通学で毎日JTBの側を通っていたので何も考えずそこで申し込むことになった。店頭にあるスイスのパンフレットを見ていた8日間で「アルプス3大名峰」すべて行くツアーがあったのでその日に迷わず申し込んだ。一人なのでシングル追加代金がかかり約25万円ぐらいだった。この日は申込金の3万円だけ払って後日に全額払いに行った。店頭でいろいろとスイスの質問をしたら女性の人の対応が良く,また知識がものすごく,見ていてかっこよかった。地元ですでに就職が決まっていた僕だったが・・・

このとき,僕は初めて「旅行会社で働きたい・・・こんな仕事があったのか・・・旅先に夢を持っている人の手助けをする仕事はすごくやりがいがあるのでないのではないのか・・・僕はこのまま地元の何も考えずにただ就職が決まるためだけに入った会社でこれから一生働くのでいいのだろうか・・・」こんな疑問を持った。このときが本当に・・・本当に初めてだった。生まれて初めて自分の本当に興味を持てた仕事に出会えたこと。「旅行会社で働きたい」と思ったこと。


申し込んだコースの具体的な日程

1日目 3月16日 関空→チューリヒへ 泊

2日目 3月17日 ルチェルンへ

3日目 3月18日 インターラーケン・グリンデルワルト

4日目 3月19日 ジュネーブへ移動

5日目 3月20日 モンブラン(フランスシャモニ)

6日目 3月21日 移動 マッターホルン

7日目 3月22日 移動 チューリヒ→関空へ

8日目 3月23日 関空着

JTB呉支店 最終旅行代金

スイス旅行基本代金   198,000円

シングル追加       26,000円   

スイスエアー追加直行利用 10,000円
旅行保険          2,560円

海外空港税         1,150円

空港使用料         2,650円

総合計         240,360円




【夢にまだ見たスイス旅行の断念】

人生は本当に何が起きるかわからない。だからおもしろい!と言いたいところだが,この時は最悪の事態となった。僕がスイスに行くこの春休み3月の8日間になんと徳島で就職が決まっていた会社の「新入社員歓迎会~懇親会」の予定が入ってしまった・・・「新入社員の皆様へ」という手紙が呉市のマンションへ届いた。頭が真っ白になり,一緒に入社した同僚(たまたま昔からの友人が一緒の会社を受けて一緒に入社した)や,親父にも相談して「もう,欠席したらどうだ・・・せっかく1年以上もかけて計画したのに,それにまだ春休みだから会社も予定があることはわかってくれるのではないのか?・・・」

しかし,クソが付くクソ真面目で小心者の僕は「もし行かなかったら内定を取り消されたりするのではないか・・・」などとありえない想像をして,迷いに迷い,スイス旅行を断念することにした・・・すでに旅行出発日の1ヶ月をきったぐらいの日にちだった・・・・・・

JTBへキャンセルに行ったら,いろいろとお世話になった女性のスタッフに「あれだけ楽しみにされていたのに本当に残念ですね・・」と言われ,さらにキャンセル料も約3万円か4万円?取られた。悲しすぎた・・・1年以上もかけて,マッターホルン,モンブラン,ユングフラウの「アルプス3大名峰」を勉強して,そして待ちに待ち焦がれていたのに・・・

1日ほど頭がぼーっとしていたが,こんなことをしている暇はない!日を変えて,そして別のパンフレットで「アルプス3大名峰」のあるコースを見つけて絶対に行くぞー!しかし・・・勝利の女神はうつむいていた・・・

dgdggdssfdd.jpg 壱岐タケチトのブログ旅行恋愛記


JTBにある全ての旅行パンフレットは他に周辺の日で「アルプス3大名峰」の入っている出発決定のツアーはなかった。しかもこの「新入社員歓迎会~懇親会」は3月の下旬と末の中間ぐらいの日で8日間休むのは日程的に無理ということがわかってきた・・・記憶では「新入生歓迎会~懇親会」はたしか3月21日~23日ぐらいのいずれかであって4月1日が入社式だったため,3月29日ぐらいには家で安静にしておかないと考えていた。広島には引越しや友人との最後のお別れ会,アルバイト,広島県卒業論文発表会などもあり実際には3月の中句以降ぐらいまでは広島にいないといけなかったので,それまでは旅行は無理だ・・・全ての予定を調整して可能な日程が3月15日~19日だった。

この5日間しか自由にできる自分の時間がなかった・・・僕はこの5日間でスイスだったらどこでも行けたらいいと思い,もう一度JTBに行って,パンフレットをスタッフの人と一緒に虱潰しに探したが,スイスは最低7日以上でしかもこの期間該当するツアーは0だった。

 これで,完全に望みは消えた・・・悔しくてたまらなかったが・・・

「せっかく5日でも時間がある・・・この5日間を大事にして・・・どこかに別の海外へ行こう!」
海外に一人で旅行に行くのは初めてになるが,僕を海外旅行に一人でも行きたいと思うようにさせたきっかけはこれまでの大学生活で行って来た2回の旅行だろうと思う・・・・




大学生活での海外旅行(2回)

・ 《中国》2年生の冬。12月下旬から大晦日までの期間の10日ぐらい。ずいぶん長い期間の旅行だった。僕は中国語のY先生と仲良くなっていた。すると,「冬休みに中国に旅行にいかないか?僕が広島県で中国語を教えている他の学校の生徒も行くから」というのがきっかけ。なぜか大学で僕だけを誘ってくれた。しかし一人では心細かったので当時の大学寮に一緒に住んでいた友人も誘い,男子4人と女子10人,(大学は5大学ぐらい)中国人の中国語の先生と中国へ。人生初の海外旅行はグアム・サイパンだったが,小学校5年生の時に少年少女の船というので行った。記憶はあいまいだ(苦笑)・・・しかも小学5年生だったからなあ・・・

dgsgfsdf.jpg


 だからこの中国の旅行は飛行機で行ったのでまさに何もかも初めてということと,人数が多かったということで,物凄く感動と思い出に残る旅だった。北京観光,万里の長城へ登り,そして承徳には汽車で中国のすばらしい山景色を見ながらわいわい皆で騒ぎながら乗ったのは本当にいい思い出だ・・中国は本当に広かった・・

・ 《アメリカ・ロサンゼルスの旅》4年生の夏休み。10日ぐらい地元の徳島の友人Iからの突然の誘い。彼も大学生で大阪の大学に在中していた。アメリカンロックが好きだったIは「ロスで実際のアメリカ生活を見たい,そしてアメリカのレコードをいっぱい買ってきたい」とういう目的だったが一人では心細かったみたいなので僕を誘い,僕もアメリカは行ってみたかったので一緒に行くことになった。

 しかしアメリカは遠くて飛行機で12時間,約半日かかった。しかし着いたら感動だらけ,まずはビバリーヒルズの高級街,世界のハリウッドでロケ地なども観光,アリゾナ州のグランド・キャニオンには小型ヘリコプターで日帰り,サンディエゴの水族館とメキシコの町へ,ロサンゼルス本場のUSJ,カニのロブスターのディナー,そしてレコード店巡りなど・・・・Iとは旅行中,行き先について,その他,どうでもいいことでケンカしたりしたが,Iが誘ってくれたおかげでアメリカを知ることができた。アメリカンな旅だった・・


この2回の海外旅行が僕に自信をつけてくれたのだろう・・・1回目の中国は団体で,2回目のアメリカは友人と二人で,そして3回目に行こうとするのは一人で。やはり,本当に自分がどうしても行きたい所はゆっくり気が済むまで観光したいので一人が一番落ち着くのだな


・・・絶対に5日間でどこかに行くぞ!




【代替旅行はパリ?ローマ?】

3月15日まで一ヶ月もない中,JTBで5日間の日数で行ける旅行を見つけた。しかし添乗員はついていないフリーパッケージツアーだった。まあ現地でオプション旅行がありそれにはガイドはいるが・・・やはりヨーロッパ大陸にいかないと気がすまなかった僕はパリとローマを選択して必死で勉強した。しかしいくら本を見ても興味が持てなかった。しかも一ヶ月もない日数でどこが有名な観光場所かをまた最初から調べて,また言葉も勉強して準備する気がしない・・・そして,スイスのアルプスが忘れられない・・・本命に好きだった人をあきらめてどうとも思っていない人と交際するような気分だった。大学生活最後をスイスに注いだのでスイスに強い想いもできて余計にあきらめなくなる・・・「やっぱり僕の行き先はスイスしかない!」

そう思ってJTBを出た僕は「そうだ・・・ダメもとで家の近くにある小さな旅行会社W社へ行ってみよう・・・あそこにもしかしたら5日間でスイスに行けるツアーが残っているかもしれない・・・・」全力で走った。



【Hさんとの出会い】

「いらっしゃいませ!」W社に行くと30歳前後の優しそうな男性の店員が一人でいた。

「あのう,3月15日から5日間で行って帰って来ることができるスイス旅行のツアーはありませんか?スイスに行けたらどこでもいいのですが・・・」

「わかりました、すぐにお調べさせていただきます。」


gyuiuiiou.jpg


丁寧に,そして親切に対応してくれた。これが「僕とHさんの出会い」だった。Hさんはいろいろと店にあるパンフレットを全て一人で調べてくれたが(もっとも一人しかいなかったから・・・苦笑)なさそうだ・・・

「すみません,今お調べさせていただきましたが,見当たりません・・明日までお時間を頂いてよろしいでしょうか?パンフレットもう一度調べて,必ずスイスに行けるように頑張ってみますので!」

 凄く熱心さが伝わってくるのを感じた。この人なら本当にスイスのツアーを見つけてくれるかもしれないと思い,1日待ってみた。僕はもうこの時,頼れるものは何でも頼りたいという気持ちだった・・・

 【え? それって完全に一人じゃん!!!】

次の日,Hさんからこの期間のスイスツアーは全くないと連絡があった。僕は凄くショックを受けたが,家も近いので愚痴を聞いてもらいにW社に行った。Hさんは僕を待っていたみたいで次のような提案を頂いた。

 「一つだけ方法があります。それはツアーではなく,スイスの飛行機の往復航空券とスイスのホテルを単独で手配してスイスに行く方法です。」予期せぬ提案だった・・・

 「え? それって飛行機に乗ってスイスに着いたら空港に誰か着てくれるのですか?着いたらホテルまでどうやって移動して,どうやって観光に行くのですか?」

 「この場合は単独で券を取るだけなのでもちろんガイドなどは誰もいません。空港に着いた時点より全て何もかもご自身で行って頂きます。」

 (それって完全に一人じゃん・・・無理だよそんなこと・・・苦涙・・・)


そう心で思ったが,Hさんは

「飛行機もホテルも全てこちらで手配できます。移動の列車も手配できます。ご心配だと思いますがそんなに難しいことではないと思います。スイスにどうしても行きたいのですね?行かれるのなら精一杯お手伝いさせて頂きます。」

 と言われ,何かの糸が切れた気がした・・・(1年以上も計画してきたスイスをここであきらめたら就職したら休みがなかなか取れないのに一生行けないかもしれない・・・ここは行くしかない!男だろ!)

 「わかりました!出発まで一ヶ月ありません!まずは何を質問していいか,必死で勉強してくるので5日間ならどのようなルートになるか調べておいて下さい!」
 




【あきらめきれない夢に向けての人間のエネルギーってものすごい・・・・・】

僕は1日中朝から夜中過ぎまで(日によっては徹夜で)個人旅行でのスイス旅行について勉強した。一人でどうやって行くのか・・・まずは図書館,そしてベースにした教科書である,「地球の歩き方 スイス」,「ワールドガイド スイス」この2冊が特にスイス旅行のバイブルであった。両者とも,かなり詳しく,ルート,料金,所要時間など詳細が書かれているためスイス旅行には必須の本だった。

   

《地球の歩き方 スイス2001年~2002年度版》 《ワールドガイド スイス 00~01版》

podfjpgjpogfg.jpg

さらにスイス政府観光局では詳しい資料を郵送してくれるというのも見て,資料を取り寄せた。(取り寄せ料で1,000円かかった。)以下のパンフレットで上からスイス全体の概要,スイス横断鉄道,グリンデルワルドのパンフレットだ。3冊ともかなり役立った。そして右写真のスイス個人旅行ガイド。これはかなり個人で行くのには詳しく書かれていた。航空券,ホテルの取り方,一人で行く観光地にはどのように行くか,鉄道のチケットなどの取り方も詳しく書いている。
  
fghdfhdfhh.jpg

 そんな中,僕は必死でこの資料を勉強していくうちに,以下のことがわかった。この時に勉強したスイス旅行の行き先の決め手となった事項

グリンデルワルトとは・・・・・・・
①世界が最も美しいところ。
②ベルナー・オーバーラントでインターラーケンがスイスを代表するアルペンリゾート。その中で最も名高く旅行者に人気が高いのがグリンデルワルトである。
③通称「トップ・オブ・ヨーロッパ」と呼ばれるユングフラウヨッホ,ユングフラウはここより行く。
 

僕は世界一美しい村ということで「グリンデルワルトには絶対に行きたい!ここに行けばのどかなスイスの風景が見える!」と思った。5日間の旅行でグリンデルワルト,そして3大名峰の一つのユウグフラウへ行こうと決意した・・・いろいろ調べたが5日間で「アルプス3大名峰」へ行くのは不可能ということがわかった。

グリンデルワルトを入れて,ユングフラウを見れば,モンブランか,マッターホルンのどちらかはコースに入れないことはなかった。しかし,調べてみたら,3月15日と3月19日に利用予定のスイスエアーの直行便は(余談だが現在日本からスイスへの直行便はない。2年前に破綻。


オランダのアムステルダムなどで乗り換えるのが一般的である)行きが関西国際空港→チューリヒで,帰りもチューリヒ→関西国際空港だった。前述で述べたとおり,チューリヒはスイスで最も北東,そしてグリンデルワルトはほぼ中央(少し南西),モンブランは最も南西のまだ西のフランス,マッターホルンは最も南,グリンデルワルト(ユングフラウ)は確実に可能としても,モンブランやマッターホルンを見て(帰りの飛行機が南西の都市のジュネーブからの出発であれば別だが)

klhjkljk.jpg


また最も北東のチューリヒに帰らないといけないというのは不安がある。アルプスの山は2つ行こうと考えて考えて悩んだが,やはり,余裕を持った旅がいい,自分たった一人なのでグリンデルワルトに行ってユングフラウだけ見れば十分だと思い,マッターホルンとモンブランは諦めた。(死ぬまでに必ずリベンジするつもり!)そこでせっかくスイスに行くのだから,あまりにも世界に名のある町,「ジュネーブ」を観光しようと思った。


 ジュネーブ・・・・フランス語圏の中心ですぐとなりはフランス。スイスの最南西地方。この都市には国際赤十字本部,国連ヨーロッパ本部がある。また街のシンボルには花時計,大きな噴水がある。「ジュネーブはスイスではない」と極言されるほどのコスモポリタン都市に僕は昔から大変興味を持っていた。スイスの中でも大都市にあたるフランス文化の影響を強く受けたこの都市は旅行者にも大変人気のある都市である。(僕はここがスイスの首都と思っていた・・・しかしスイスの首都はベルンという町だった・・・)



 とりあえず,5日間の目的で,グリンデルワルトとユングフラウ,ジュネーブ観光と決めた。現在考えている日程は下記の通りである。
 


考えたコースの具体的な日程 ①

1日目 3月15日 関空→チューリヒへ チューリヒ泊

2日目 3月16日 チューリヒ→グリンデルワルト~ユングフラウ観光~ ジュネーブ近く?(泊)

3日目 3月18日     ???ジュネーブ観光???       

4日目 3月19日  ??? 午後 チューリヒ→(機内泊)

5日目 3月20日 →関空へ(午後着)


 以上のように考えた。おおまかな骨組みができたので後はスイス国内の移動をどうすればよいか考えた。日本みたいな新幹線はないのか・・・乗り方は難しくないのか・・・そこでスイス政府観光局から送ってもらった資料を見たら以下のようなことが書かれてあった。


スイス国内を移動するための便利なチケット

・《スイスパス》・・・・・期間内であればスイス国内の主な列車,湖船,ポストバスなどを何回でも利用できる定期券のようなパス。チケットを毎回購入する手間が省けて乗れば乗るほど特になり,利便性が非常に良い。特に一人旅ではチケットの買い方もわからず,料金もいくらいるかは詳しくは現地でないとわからないので非常に役立つ。スイス国鉄はもちろん,「氷河特急」(予約料金別)などの人気私鉄列車も含め,ほとんどの列車に乗ることができる。さらに,主要36都市の市電や市内バスも乗り放題。また,有効範囲外の登山鉄道やケーブルカーも割引になるなど様々な特典がついている。

3ebf3fad5d6caa4d378492cecb8940e3.jpg



有効期間と料金は以下である。
4日間160.―
8日間220.―
15日間265.―
15日間265.―
21日間305.―
一ヶ月345.―

である。*注意)これは2000年4月1日の料金です。かなり古いデータになりますので詳細は現在のものを各自で必ずご確認して下さい。

・ 《スイスフレキシーパス》・・・・・スイスパスと同じだが自分の選んだ日を選んで使える。有効期限は一ヶ月内で次の日数を指定して選ぶことができる。有効期間と料金は以下である。

3日間156.―
4日間184.―
5日間212.―
6日間240.―
7日間261.―
8日間282.―
9日間303.―

である。*注意)これは2000年4月1日の料金です。かなり古いデータになりますので詳細は現在のものを各自で必ずご確認して下さい。



これだ!僕はこの便利なパスの中で迷わずスイスパスの購入を決めた。日数的に5日間の旅行で賞味に使うのは5日間だったが,いつ電車が必要かわからなかったので,まあ5日間使うこともないと思い,値段もそこまで変わらないので《スイスフレキシーパス》4日間184.―の購入に決めた。一ヶ月以内で指定した4日間を乗れるからだ。スイスパスの4日間とどちらがいいか悩んだが完全指定日のためあえてこちらにした。

こっちは到着してから決められるから。
これで電車は乗り放題!チケットも現地で買わなくていい・・・あと必要なものは・・・時刻表だ!これがなければ全く時間の計画が立てられない!いろいろ調べたら,東京にあるスイス専門店サイクルツアースイスセンターでスイス公式時刻表が購入できると書いてあったので迷わず購入した。インターネットでも電話でも可能。電話は03-5560-1500(今は番号が変わってるかもしれませんが)下の写真が時刻表である。

ohgohjp.jpg

【スイス国鉄の公式時刻表】
一人旅必須でこれ1冊あればスイス国内どこでも行ける。この時刻表に本当に助けられた。中身は全て英語だが読めないことはない。辞書は必須。わからない語句もあるため。

この上の青(国鉄)と黄色(バス)の時刻表がセットになって2,500円だった。(しかし実際は郵送料が700円,振り込み料420円かかったので3,620円かかった)まあ安いか高いかはいろいろ捕らえ方はあるが前述でも述べたとおり,この【青色のスイス国鉄の公式時刻表】は本当に役立った。国鉄時刻表ということでスイス国内全ての電車,駅,時刻が記載してある。またスイスは九州より少し大きいぐらいと比較的,駅の距離間も長く,日本ほど(山が多いせいか)駅の数も多くない。

時刻表を見て思ったのは

「あっ,駅が英語で書かれているだけで見方は日本と同じで日本みたいに電車や新幹線の数が多くないのでわかりやすいな」

と思った。ジュネーブに11:42着なら《Geneve 11:42》と書いているだけのでそのままだ。ただし,乗換えや運航日の注意,その他電車のサービス(例えばレストランがある電車,ビュッフェがある電車など)などは英語で細かく書かれている。中にはその列車を乗るにあたり意味がわからなければ大変困るような記述もあるので英語の辞書で意味を良く調べた。(そしてどうしても理解できない意味は購入したサイクルツアーに電話して自分が行くコースの時刻,列車の意味は確実に理解していくようにしていった。

また辞書はスイス旅行の会話はもちろん,時刻表の意味を再確認するために旅行中も重宝した)この時刻表はページの区切りがなく,どこも同じようなページと色ばかりなので,大変時間がかかり,手間であったが,このページの左上の写真にあるように,行き先ごとに見開きのシールを貼っていった。何度も後述してしまうが「一人旅(個人旅行)でスイスに行くには絶対にこの時刻表を買ってからスイスに行ってください。これ1冊でもスイスのどこにでもいける計画が立てられますので」

 最終日程表の仕上げはルチェルン観光と「山の女王」リギ山で決定。首都のベルンも小時間下車観光
上記のようなコースで決めて,1日目は夜になるのでチューリヒ泊と考えていた。今回のメイン観光であるグリンデルワルトはチューリヒから約3時間半かかる。グリンデルワルトを3時間ほど散策観光して,グリンデルワルトからはユウグフラウの頂上までは約1時間50分ほど。

上で1時間いても計算では夕方前にはグリンデルワルトを出られるので1日でユングフラウは見える。次の日はジュネーブを観光するためにインターラーケン(グリンデルワルトの地域)まできたらかなり近いので(インターラーケンはスイスの中央よりやや南西,ジュネーブは最南西のため)このあたりで泊まろうとしたが,僕は前述で述べた《ワールドガイド スイス》の本の中で,それはそれは目に焼きつくほど美しい山の写真を見つけた。

 「山の女王」リギ山である。なぜかこの写真が,凄く目に焼きついて,感動がとまらなかった。
(人によればただの山の写真だが景色が凄く壮大できれい!またこの写真は展望台から山を見渡しているため特に綺麗に感じた)

gfhfdghd.jpg

*レストランテラスからの絶景
上記1部画像《ワールドガイド スイス 00~01》より
【山の女王リギ山】この写真を気に入ってスイスの最後の空いた時間の日程をこのリギ山に決めた。
少しこの画像は拡大しているので写りが悪くなっているが本で見たら綺麗ですよ☆


リギ山・・・・・ルチェルン東にあり高さは1797.5mで山の女王と呼ばれる。古くからアルプスのご来光を仰ぐ展望台として人気があり,かつては徒歩やロバで山頂を目指していたという。1871年には湖畔の町フィッツナウからヨーロッパ初の歯車式登山鉄道が設けられた。時間が合えば夏期間だけだがジョイ危機感者にも乗れる。山全体を木々や草花がおおい,車窓からは牛や草を食む,スイスらしいのどかな景色が見える。山頂駅から数分登るとリギ・クルム・ホテルが見え,このテラスからの眺めはすばらしい。カフェや本格的なレストラン,売店,郵便局まである。頂上へは山頂駅から右手に約15分だが,まさに360度の眺望が開けている。

fghgdfhhdf.jpg


この写真は,リギ山頂上で買った絵葉書を写真で撮った画像。この写真から見てもわかるようにリギ山は本当に美しいでしょ?(後に述べますが実はリギ山に行ったとき雨で全く景色が見られなかったのです・・・・涙)
ルチェルン・・・・・チューリヒから南へ(グリンデルワルト方面へ)列車で約1時間の中世の面影を残す静かな美しい街。1332年にはスイスで四番目の州となる。19世紀後半には大作曲家のワーグナーが滞在し円熟期を送ったことから音楽の都としても発展する。1911年に始まった小さな音楽会をきっかけに現在は世界有数のオーケストラが揃う国際音楽祭が毎年8月中句~9月中句に開催されている。街のシンボルは美しい屋根付き橋のカペル橋。またライオン記念碑も有名。そしてルチェルンは「山の女王リギ山」や「魔の山ピラトゥス」(標高2132m。今回の旅行では行っていない)の山の観光の拠点となる街である。
 
ojkfogkgf.jpg

*上の写真も絵葉書をデジカメで写した画像です、綺麗なはずでしょ!(ルチェルンの駅で買いました)

以上がルチェルンとリギ山の紹介です。どうですか?この絵葉書,写真を見ただけで行きたくなるような山,町だと思いませんか?そこで僕は日程を決定した。ユウグフラウ観光の後の3日目メインはリギ山,そして,ルチェルン,ジュネーブという方向で。そして下記のような日程になった。

考えたコースの具体的な日程 ②
1日目 3月15日 関空→チューリヒへ チューリヒ(泊)

2日目 3月16日 チューリヒ→グリンデルワルト~ユングフラウ観光~?①~チューリヒ
チューリヒ(泊)

3日目 3月18日 チューリヒ~ルチェルン~リギ山観光~ルチェルン観光~ジュネーブ~
~ジュネーブ観光~チューリヒ  チューリヒ(泊)

4日目 3月19日  ?② 午後 チューリヒ→(機内泊)

5日目 3月20日 →関空へ(午後着)


以上である。本来はユングフラウまで行くとジュネーブが近いので2日目はジュネーブまで行って泊まって(または近郊で泊まって)3日目に1日ジュネーブを観光しようと思っていたが,リギ山とルチェルンを観光するために,またチューリッヒへ戻ることにした(ルチェルンで泊まってもよかったが列車1時間しか走らないので同じホテルのほうが慣れるし場所も探さなくて良いので2日目もチューリヒの同じホテルと考えた)


 そして,3日目の宿泊先だが4日目の午後には日本へ帰るため小心者の僕は「もしチューリヒ以外の離れている都市に泊まって4日目にチューリヒ空港へ向かうときに列車が事故をしたり,何らかの理由で止まってしまったらしたらどうしよう・・・4日目は空港の近くのチューリヒで泊まらないと最悪の場合日本に帰れなくなるのではないか・・・・」


 と,またなかなかありえない想像をして,3日目もチューリヒで泊まろうと,よって,チューリヒの同じホテルで初日から終日まで3連泊と考えた。料金もそのほうが安くなるしね。

05a811df6c9941fff222fab0efe6b748.jpg


 さて,最後の問題は上記日程表の?①と?②をどう埋めるか?いろいろ探したが?②の場合は飛行機の時間は14:00頃のため空港に12:00頃には着かないといけないため,あまり列車で他の場所へ移動する時間もないため,チューリッヒを観光することにした(よく考えたら空港,宿泊拠点場所チューリヒ観光を忘れていたから)?①だが夕方にはチューリヒへ帰れるのだが,せっかくスイスに行くのだからホテルに早く帰ってくつろごうという考えは全くなかったのでユングフラウの観光のあとはたとえチューリヒへ着くのが夜中になってでも途中どこかを観光して帰りたいと考えていた。すると・・・・ちょうど列車で帰り際に「ベルン」という街(駅)があった。ここに帰りによろうと決めた。実はこの街はスイスの首都であるからだ。

ベルン・・・・・スイスの首都ベルンはベルン州の州都でもあり,スイスの政治・経済の中心地。中世の町並みが残り町並みが「世界遺産」にも指定されている。市街の3分の1が森林などの緑におおい,「ヨーロッパ一美しい緑と花の都」と呼ばれている。街の名の由来は熊(BAIR)である。1191年にこの街を創立したベルヒトルト5世が狩の最初の獲物の名を町名にすると決め,それが熊だったという。町中にはとにかく熊があふれている。もう一つのこの街の特徴は約6kmものラウベン(LAUBEN)と呼ばれるアーケード。
かつては普通の通りだったが職人たちが通りの隅で商売を始めたのをきっかけに彼らのために屋根の設立が設けられたと言われている。チューリヒから列車で1:10分,ジュネーブへは約2時間である。
  
gjksdfopgjfdspog.jpg

チューリヒ・・・・・スイス北部にあるチューリヒはチューリヒ州の州都でありスイス第一の都市。ジュネーブとともにスイスの玄関口である。スイスに訪れる人は最初にこの町に足を踏み入れることになる。銀行や証券会社の集まる国際金融都市として世界的にも重要な役割を担い,商業や文化の中心地である。国内で最も大きい都市であることから「スイスの実質的な首都」だともいわれる。南にはチューリヒ湖が控え,数々の歴史ある建物も残り,ビジネス街としてだけではなく,観光の街としても名高く上げられる。チューリヒ中央駅(ZURICH HB)までは列車で所要時間約10分。空港から中央駅までは1時間に6本ぐらいの割合で出ている。ヨーロッパ最大の時計がある聖ペーター教会は街のシンボル的存在である。
   
pfgkodfhkopgdh.jpg


考えたコースの具体的な日程 ③(決定分)
1日目 3月15日 関空→チューリヒへ チューリヒ(泊)

2日目 3月16日 チューリヒ~インターラーケン~グリンデルワルト(散策)~ユングフラウ観光~
~ベルン~ベルン市内観光~~チューリヒ チューリヒ(泊)

3日目 3月18日 チューリヒ~ルチェルン~リギ山観光~ルチェルン観光~ジュネーブ~
~ジュネーブ市内観光~チューリヒ  チューリヒ(泊)

4日目 3月19日  チューリヒ市内観光 午後 チューリヒ→(機内泊)

5日目 3月20日 →関空へ(午後着)



以上のように決定した。

あとはW社のHさんに気になる質問の答えを聞くこととチケットの予約手配を残すだけとなった。
気になる質問(当時行く前に疑問に思っていたこと)



① ホテルは何時までに着かないといけないか?
② 空港税,使用料は?
③ リコンファームは必要か?必要な場合,ホテルでできるか?いつぐらいまでにしないといけないか?
④ エコノミークラスの幅とその意味は?
⑤ 両替はホテルでできるか?
⑥ チューリヒで予約してくれるホテルの朝食は何時から何時までできるか?(持ち帰りはできるか?)
⑦ 英語のみで会話は大丈夫か?
⑧ 個人旅行で初めてスイスにしかも一人だけで行くにあたって治安や安全は大丈夫か?
⑨ スイスパスのみで他のチケットは現地で買わなくてよいか?(リギ山は船も乗り登山鉄道もあるから)


swiss01.jpg


などの疑問点を持った。
すべて解消されないと不安でスイスに行けない・・・・・特に③ ⑦ ⑧などは凄く気になっていた・・・



【W社のHさんは本当に一生懸命助けてくれた】

僕は日程等の準備が整った。そしてHさんの携帯番号を聞いていたのでHさんに電話して前述に述べた質問をすべてお話した。

「もしもし,・・・スイスに件で,やっぱり行こうと思うのですが少し疑問点や質問がありましてそれが解消されないと一人なので最後の一歩が踏み切れません・・・教えていただけませんか?」

とHさんに①~⑨のすべての質問を告げた。Hさんは

「わかりました。今日,私は仕事休みですが広島に行こうと思っています。広島に今回の取引会社がありますのでそこに寄ってきて詳しくスイスのことについて聞いてきます。出発までもう時間があまりないので今日にでもすぐにお調べさせて頂きます」

 と,休みの日にあるにもかかわらず,自分のために一生懸命調べてくれるという雰囲気が凄く伝わった。
僕は今日電話したことは申し訳ないと思ったが,Hさんへの質問も気になって仕方なかったので待ってみることにした。それから2,3日後,Hさんから電話がかかってきた。

「遅くなってすみません,ご質問についてお調べしましのでご案内させていただきます」


①ホテルは何時までに着かないといけないか?
何時でもよいが10:00ぐらいまでが望ましい。

②空港税,使用料は?
必要なし。航空券に切り込まれているので現地で払うことはない。
③リコンファームは必要か?必要な場合,ホテルでできるか?いつぐらいまでにしないといけないか?
今回はリコンファームしなくてもよい。心配で英語も不安なら現地から日本のスイスエアーにかければよい。00(国際)-81(日本)-3357-080-35・・・・・スイスエアーに繋がる

④エコノミークラスの幅とその意味は?
一番安いクラスで席は最も多い。

⑤両替はホテルでできるか?
ホテルもできるが少し高いので空港がまだ良い。日本でして行くのが便利。

⑥チューリヒで予約してくれるホテル朝食は何時から何時までできるか?(持ち帰りはできるか?)
中央駅に近い安いホテルを見つけている。朝7:00~持ち帰りは無理。

⑦英語のみで会話は大丈夫か?
片言の英語が喋れば旅行だけなら問題ない。ジェスチャーや英語辞書,地図があればまず大丈夫。

⑧個人旅行で初めてスイスにしかも一人だけで行くにあたって治安や安全は大丈夫か?
スイスの治安は比較的良い。盗難に気をつけパスポートや航空券の紛失さえ気をつければ大丈夫。

⑨スイスパスのみで他のチケットは現地で買わなくてよいか?(リギ山は船も乗り登山鉄道もあるから)
湖船もスイスパスに含まれ移動はすべてスイスパスでOK。ユングフラウなど1部の登山鉄道は料金が必要だがスイスパスを見せれば割引がある。
 
dgsgfsdf.jpg


 以上のように心配していた疑問点にすべて答えてくれた。質問をして答えてくれるのは営業マンにとっては当然のことかもしれないが,Hさんはスイスには行ったことがないので調べるのも大変だっただろう,(他にもかなり質問をしたが全部覚えていないのでここではスイス旅行記ノートに残っている質問だけ書くことにする)今思えば迷惑かけただろうな,と思っている。お客さんというものは質問をした時に疑問点を解決してくれるというのは本当にうれしいことで信頼にも繋がる。「うちでわかりません,それはこちらでは取り扱いがありません,インターネットにのっています」などの「聞いている質問に対して逃げる返答」は信頼を失いかねない。そしてその人にはお願いしなくなる。Hさんはどんな質問にも時間をかけて一生懸命調べてくれた。



【男の決意】
舞台はすべて整った・・・日本語も通じないたった一人の個人旅行ということで,不安は計り知れなかったがついに決意をかためHさんに予約をお願いした。キャンセル料金もかかるといわれたがお願いした。もう僕に迷いはなかった・・・チケットは到着まで少し日数がかかると言われたので後日,Hさんから連絡があり,W社へ取りに行った。以下が予約手配してもらったチケットである。

最終旅行代金
スイスエアー   日本→チューリヒ 週3回 月・木・土
         チューリヒ→日本 週3回 水・金・日   
2001年
3月15日  大阪13:35発→チューリヒへ(所要約13時間)
3月18日  チューリヒ14:20発→大阪へ(所要約12時間)3月19日朝9:50着

*スイスエアー スイス往復航空券 11万円 
*空港税 1,090円
*ホテル (チューリヒ中央駅の裏側)ホテルモンタナ31,500円(3泊3朝食付き)
*スイスフレキシブルパス 22,300円
*旅行保険(1番安い分)4,410円

合計169,300円(*他に時刻表,ガイドブック,辞書,資料取り寄せなど約1万円かかっている)

ohiohiohoih.jpg


*購入したスイスの航空券。往復券は使用して最後のページになるが以前はこのようなチケットであった。
(現在はEチケットのため紙1枚である)これは記念として大事に保管している。
*スイスフレキシブルパス4日間。ずいぶん前の説明で述べたが1ヶ月のうち4日間スイスの列車が乗り放題。

hvghigiuogiuo.jpg


*このように最初に使用する日を 16 03 01(2001年3月16日)と駅員さんに見せると書いてくれる。そして15 04 01(2001年4月15日)まで有効でそのうちの4日間を指定して乗る日にちごとに駅員さんが日付を書いてくれる(なぜか16日と18日しか書いていない,17日も乗ったのに??)

pgfmhpgfmhpgdh.jpg

*ホテルモンタナの名刺。これは現地のホテルでもらったもの。

ghgdfhdhgdf.jpg

*ホテルモンタナの宿泊券。1枚目はたしか現地に渡した。この控えらしきものも記念に
保管している。

gfhdhhghdf.jpg

*ホテルモンタナの地図である。かなりわかりにくいので購入したガイドブックの地図で場所を確かめた。

「スイスの治安は大丈夫です,また大学時代最後の旅行,気をつけて楽しんで来てください」
「Hさんのおかげでスイスに行くことができました。いろいろと本当にお世話になりました。」


Hさん,今思ってみれば仕事として当然のことを全うしたどこにでもいる営業マンだったのかもしれないが当時学生であった僕の眼差しで見たHさんは本当に親切で紳士的な人だった・・・人間的にも尊敬できる人だった。「Hさんみたいな旅行に行く人をお世話する仕事に本当に就きたい・・人生やりなおしできないだろうか・・」と思っていた。新たなる人生の歯車はこのときから回り始めていた

(後に僕は本当に人生をやり直すことになる。当初に計画していたスイス旅行を断念してまで新入社員親睦会に参加した会社を辞めて・・・このときのスイス旅行とHさんとの出会いが一つのきっかけだった・・・)

いろいろとHさんとは個人的な話などもしたがついにチケットの手配も終えて最後になった。Hさんは広島県の人なので間もまく僕は卒業して徳島県に帰る。もう会うことはないだろうなと思った。広島県を僕は本当に愛した。18歳から22歳までの4年間,初めて徳島を出て,生活をしたところだ。何もかも初めての体験を得て,そしてたくさんの人々と出会い,青春時代を過ごした広島県呉市。かつて原子力爆弾の落ちた被爆地と言われていた広島県は当時の面影はどこへ行ったのかというぐらい繁栄した街になった。

しかし人々の気持ちから「あのときの悲惨さ」は消えていない・・・

広島の方々と話していたら伝わってくる。Hさんと出会ってなかったらたぶんスイスには行かずに別の国へ行っていただろう・・・それはそれで良かったかも知れない,今とは違う何かを得たかもしれない・・・

しかし結果論だがスイスを選択して本当に良かったと思っている。あの美しい山々はとても言葉だけでは言い表すことができない。

これからは僕が身を持って体験してきたスイス旅紀行を述べる。前


置きが長くなりすぎたがどうか最後まで見ていただきたい。







まもなく僕は卒業します・・・・・

























まもなく僕は社会人になります・・・・・
























まもなく僕は広島を去ります・・・・・


























まもなく僕はスイスへ旅立ちます・・・・・



Street Fighter II Ryu All Perfect

 http://www.youtube.com/watch?v=jVR2jp97Br8&feature=player_embedded



世界旅行ブログランキング   (このブログは現在??位です)








関連記事

*    *    *

Information

Date:2010/06/17
Trackback:0
Comment:4
Thema:海外旅行記
Janre:旅行

Comment

* NoTitle

名前 吉田たけさんですか?w
2010/08/13 【dune】 URL #bPJvQ.DI [編集] 

* NoTitle

長ぁぁぁいですね。

疲れましたが楽しく拝見させていただきました。。
2010/08/13 【】 URL #mQop/nM. [編集] 

* Re: NoTitle

> 名前 吉田たけさんですか?w

メッセージありがとうございました!
本名になりますのでやっぱりこういう場なので言えません・・・
本当にごめんなさい・・・
でもせっかく質問いただいたので・・・
まあそれに近いということで・・・お願いします。
(もしかして徳島の身近な方なのでしょうか???)
これからもどうぞよろしくお願い致します。
壱岐タケチト
2010/08/14 【壱岐タケチト】 URL #- 

* Re: NoTitle

> 長ぁぁぁいですね。
>
> 疲れましたが楽しく拝見させていただきました。。

メッセージありがとうございました!
少し長すぎたとも思っておりました(笑)
これからもどうぞよろしくお願い致します。
壱岐タケチト
2010/08/14 【壱岐タケチト】 URL #- 

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://ikitaketito.blog134.fc2.com/tb.php/2-c81c1350
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
旅行記サーチ  にほんブログ村 旅行ブログへ     人気ブログランキングへ 紹介
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。